悪魔は天使と違って魔法を使えない。しかし"力"はある。
"不幸にさせる力"が。


「お宅の息子。うちの子に怪我させたのですよ!やはり天使の中に悪魔を混ぜるのは間違いです。どうにかしてくださいよ」


天使を叱る天使。ウナジは玄関前でペコペコと頭を下げ、今日もいくつかの天使に謝っていた。
ウナジが頭を下げる原因である息子はまだ家に帰ってきていない。
天使が帰ったのを確認すると、ウナジはドアを閉め暫くの間俯いた。
毎日のようにあるこの風景。いい加減疲れてきた。


「サコツ…あんたはやっぱり…悪魔なの…?」


誰もいない家の中でポツリと呟く。

サコツの黒い翼は強烈な力を秘めていた。
"不幸にさせる力"。全身にある"気"を使って周りに不幸を及ぼす。

天使と悪魔は"力"を翼に秘めている。
天使は"幸福にさせる力"。対して悪魔は"不幸にさせる力"。
天使と悪魔は全く正反対の生き物。
お互いにお互いを苦手とし、今まで避けてきていた。

不幸にさせるということは至って簡単なことだ。
しかし幸福にさせるのはなかなかできないことである。
そのため、まず悪魔が一歩リードしてしまうわけだ。


そういう"力"を出すためには翼が必要だ。そのため翼を背中に出した状態にしなければならない。
普通、翼は表に出さないものだ。
人々は翼に秘められている力に少々ビビっているため、普段は隠しているのだ。
天使はそのコントロールが上手い。
しかし悪魔は苦手とする人が多かった。
悪魔の中には翼を仕舞うのに一苦労する者も多く、あえて出した状態のままにしている者もいる。

この村にいる悪魔も翼をコントロールできない1人であった。
この悪魔の場合には周りと接触する機会が少なく、毎日のように家にこもりっぱなしで翼を出していたため、"隠す"という行為を世の中から学んでいない。
そのため"翼を隠すことができない"のだ。


「翼さえ仕舞えばまだいいんだけど…教育させればよかったわ…あぁどうしようか」


息子は悪魔。だけどそれでも自分の大切な子。
天使のウナジは悪魔のサコツに頭を悩ませていた。後悔していた。

そこから離れイスに腰をかけてテーブルに肘をついたとき、問題のサコツが帰ってきた。


「………」


サコツは無言でウナジの向居に座り、行儀悪く頬杖をつく。


「おかえり」

「…」


サコツを見るとやはり背中には黒い翼が出たままだった。
あの翼の所為で今回もサコツは学校で暴れたようだ。
当時のサコツは7歳。やんちゃな時期だ。


「サコツ、今日もお友達を傷つけたんだってね?」

「…」

「何があったの?」

「…」

「毎日のように事件を起こして、一体どうしたわけ?」

「…別に」

「きちんと答えなさい」


ウナジは怒ったときは敬語になる。
ウナジが怒っているとわかったサコツは小さけれども口を開いた。


「……………から」

「は?」


はっきりと言いなさい。とウナジに目で訴えられ、サコツは目線を泳がした。


「………ったから」

「何?」

「…いつら…母さ…の悪……ったから…」

「?」

「あいつらが母さんの悪口を言ったから」

「!?」


表情が裏返っていくのが分かる。怒りから哀しみへ。
サコツは俯いて後を続ける。


「俺、母さんの悪口を言った奴を睨んだだけなんだ。別に傷つけようとは思ってもいなかった。だけど気がついたら……」


目線を母親に向けて、息子は訊ねた。


「なあ母さん。悪いのは誰なんだ?」


 悪いのは、母さんの悪口を言ったあいつらだ。
 母さんのことを悪魔を育てている天使だとバカにしてきたあいつらが悪いんだろ?

しかしウナジはサコツの顔を睨むように目を鋭くした。


「悪いのは、あんたよ」


思ってもいなかった答えに驚いた様子のサコツを見て、ウナジは面白かったのか突然笑い声を上げていた。


「な〜っはっはっは」


思わず呆気にとられるサコツ。
ウナジは笑い続ける。


「冗談冗談!あんたは何一つも悪くないんだから!」


 悪いのは、あんたを悪魔にした母さんだから。
 責任は全て母が背負うもの。

母の笑い声を聞いて、何だかサコツも笑いたくなってきた。
一緒に同じ笑い声を出す。


「な〜っはっはっは」

「な〜っはっはっは」


傍から見たらちょっと可笑しい光景だ。
笑いながら会話が弾む。


「ところでそのお友達は私のこと何ていったわけ?」

「きっと母さん怒るぜ?」

「大丈夫よ。母さんは心が広いから。ほら言ってごらん」

「あー…『悪魔を育てるなんてすっげー根性してるよなー。きっと頭がイカれてるんだぜ、そのババア』」


ピキ…っ


「な〜っはっはっは。そうなの?それじゃそいつらの家教えやがれこんチクショー」

「母さん何する気だよ!しゃもじ片手に?!」

「往復ビンタよ」

「心広いんじゃなかったのかよ?!」


身近にあったしゃもじを持って立ち上がるウナジの姿にサコツは突っ込んだ。
しゃもじを持ったついでにウナジはキッチンへ向かう。
手のひらサイズのしゃもじをクルっと回してサイズを大きくすると


「今からごはんの支度するから待っていてね」


持っている大きなしゃもじでも余裕で入るような巨大鍋をキッチンから取り出し、水を入れはじめた。
実は、天使は意外に大食いなのだ。

しかしサコツは悪魔なので大食いではない。母の食べるごはんの量についていけないのであった。



 母が前向きだから、子も前向きに生きることが出来る。
 母が愛情を持っているから、子にも注ぐことが出来る。

 母が綺麗な天使の心を持っているから、子も綺麗な心を持つことが出来る。

 そのため、その悪魔も天使のような心を持つようになった。
 優しい心を。








「……遅い…」


また月日は経って。

家の前に立ち、ウナジはサコツの帰りを待っていた。
しかし、いつまでたってもサコツは帰ってこない。
もう時間は学校が終わっている時間なのに。


「公園で遊んでいるかな」


学校の帰り道には公園がある。
もしかするとそこでサコツは遊んでいるのかもしれない。
時間も遅くなりいてもたってもいられなくなったウナジは公園に向かうことにした。

エプロンをつけたままだということも忘れ、ウナジは柔い茶色の髪が弾む程度の小走りで公園まで走る。
母親の直感と言うのだろうか。
サコツが公園にいるような気がする。しかも何だか嫌な予感も漂う。
ウナジは走り、ついに公園に着いた。




「あんたが悪いのよ!」

「悪魔のくせしてこの村にいるのが大間違いよ」

「悪魔は悪魔らしく汚い世界に行け」

「邪魔なのよ!悪魔!!」


公園には、何人かの母親の姿があった。
彼女たちの後ろにはそれぞれの子どもが引っ付いて隠れている。ときどき目を擦っているところからすると子どもは泣いているのだろう。
そしてそれらに囲まれているのは赤い影。


「……………」


強張った表情をしているサコツがいた。
背中にはやはり悪魔の翼が出ている。


「悪魔はこの世界から去ればいいのよ」


1人の母親が腰を曲げて足元にあった石を取ると、サコツに向けて投げる。
見事サコツのこめかみに当たり、血が滲み出る。
それをみて他の親たちも手に持っているもの付近におちているものをサコツに向けて投げ出した。
空振りするものもあったが、ほとんどサコツに命中していた。
サコツは何も抵抗することなく、大人しく立っている。

そんな光景をウナジは公園の出入り口から眺めていた。
衝撃的な現場に頭の中が真っ白になった。
奥から込みあがってくる感情が頭を空っぽにしていく。
抑えられないこの気持ち。
それは、怒り。


「うちの子に何してんじゃボケぇえ!!!」


そして、その場はウナジの雷で爆発を生んだ。
ウナジの怒鳴り声に驚いて動きを止める親軍団。
サコツは母の姿を見ると表情を緩めた。

ウナジは唖然としている親軍団の元へゆっくりと歩み寄る。
手にはさきほどまで料理をしていたためしゃもじを持っている。
ウナジの背景には炎が燃え盛っていた。


「母さん?!」

「ちっ、悪魔の母親か」


サコツの声と親たちの悪態が響く。
やがてウナジはそこまでやって来ると、サコツの前に立って、手を広げてサコツを庇った。


「一体何があったの?うちの子に物投げつけるなんてどういう神経してんのよあんたら」


ウナジの質問にその場にいる親たちが一斉に口を開いた。


「うちの子にまた怪我をさせたんです!」

「もういい加減にしてください」

「こいつのせいで毎日のように怪我をしている子達のことを考えてくださいよ」

「我が子が可哀想で仕方ありません」


怒りを同時にぶつけてくる親たちをウナジは睨みつける。
そんなウナジの後ろにサコツは引っ付いて泪を堪えていた。
傷だらけの我が子の姿を見てウナジは冷静に吼える。


「うちの子は、簡単に人を傷つけない」

「そしたらどうして毎日事件を起こしているのですか?」

「何か原因があるはずよ」


そして親たちの後ろにいる子達に目線を向ける。
目つきが鋭くなっているウナジに子達は怯えて更に親たちの後ろに身を隠す。

誰も口を開かないため、その場は静かになった。
子達が鼻を啜っている音だけが虚しく響く。

やがてサコツが口を開いた。


「……悪いのは、俺だよ」


サコツの言葉にウナジは目を見開いて固まった。
怯えた声でサコツは続けた。


「俺…みんなとボール遊びをしたかったんだ。だけど仲間に入れてもらえなくて…。でも見ているだけでも俺はよかった。だから見ていたんだよ。そしたらボールが遠くに飛んでいったから、俺取りに行ってあげたんだ。…それなのに……」


言葉を一度詰まらせたが言った。


「みんなが『邪魔するな。悪魔は向こう行け』って……。俺…みんなのためと思ってボールを取りに行ったのに…何で…」


その場にいた親たちが表情を顰めた。


「そしたら知らないうちに、みんなを傷つけていた。……ゴメン…」


そして深々と頭を下げるサコツ。
健気なサコツを見てからウナジは親たちをまた睨みつけた。


「これは一体どういうこと?原因はやっぱりそっちじゃないの」


サコツの頭を掴んで、頭を上げさせる。


「サコツ、あんたは全く悪くない。あんたはボールを取ってきてあげたんじゃないの。いいことしている」


 だから、頭を下げなくていい。
 自分を低くしたらダメ。


「何で仲間に入れてあげなかったの?サコツはこんなにも優しい子なのよ。謝るのはそっちのほうよ」

「…」

「さあ、謝れ。思う存分頭を下げて謝れ」


ウナジの言葉に誰も頭を下げようとしなかった。
しかし代わりに


「悪魔がこの世にいるのが悪いのですよ。誰だって悪魔に怯えますわよ」


暴言を吐いて、後ろに引っ付いている我が子を連れて親たちは去っていった。

その場に残ったのは、鼻息荒いウナジと、泣き出すサコツ。
泪をウナジの白い服で拭き取る、そんなサコツをウナジは抱き上げる。


「あんたは悪くないんだから泣くんじゃないの」

「………」


ウナジの励ましの言葉は、サコツにまた泪を誘っていた。









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サコツが見た目によらず優しい理由には、意味があったんですね。
天使の母親に優しい愛情を注がれていたからサコツは優しい心を持っているのです。

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