― お母さん ―

天使は天に住む人種。
だけれど時代は日々変わり行くもの。
今では天使も悪魔も鬼も地上で住むようになっていた。
現在、天に住む者と地上に住む者の二つの天使がいる。

天にある天使の村は天界。
空の上にある浮き島に住んでいる。

地にある天使の村はヘヴンの村。
天へ向かう魂を新しい天使を誘導してあげている。


天使は心優しい生き物だ。
だから死んだ者には悲しみの泪を流し
生まれたものには喜びの泪を流す。



今日もまた、1つの命が誕生した。



知らせを受けたものは皆喜びの色を溢す。
しかし実際にその赤ん坊の姿を見た者は皆、"恐怖"の色に染まりあがっていた。

この赤ん坊。
他の天使の柔い髪色と違い、濃い色、血の色、赤色。
天使の透き通るような白い肌と違い、濃い色、やや褐色。
そして天使の真っ白い羽と違って、闇の色、天使の嫌いな色、黒色。


 悪魔だ!!
 この赤ん坊、悪魔だ!
 天使の敵の悪魔だ!!!


天使は恐怖に震え上がった。
この平和な天使の村に敵の悪魔が生まれてしまった。


「悪魔を消せ!まだ"力"を持たないうちに今すぐ悪魔を殺すのだ!」


その場にいた天使は絶叫した。泣き叫んだ。
それに負けないぐらいに悪魔の赤ん坊も泣き叫ぶ。

無理矢理母親から赤ん坊を取り上げると天使、地面に叩きつけようとした。
しかし


「待って!」


悪魔の母親である天使が止めに入ってきた。
彼女だけが泣かずにその場に立っている。


「それはあたしの子よ!殺すなんて許さない!」

牙を向ける勢いで母親は天使をにらみつけた。
赤ん坊を奪い返して腕の中に再び抱く。
しかし周りの絶叫のせいなのか、赤ん坊は泣き止まない。


「何を言っているんですか!この子は悪魔なのですよ!」

「でもあたしの腹から生まれた子よ!」

「しかし悪魔です!何かの間違いであなたから悪魔が生まれてしまったのです」

「何よそれ!あたしは一体なんで悪魔を生んでしまったの?その何かの間違いって何?」

「…それは…」

「だいたい夫もあたしも天使なのよ!」

「しかし今までの経歴では天使が悪魔を生むということはありませんでした」

「…?!」

「安心してください。この子は間違って生まれてきてしまった悪魔の子です。我々が処分しますので次の機会を…」

「な、何言っているのよ!この子が悪魔のはずないでしょ?!」

「どう見たってこの子は悪魔です!」

「黙れ!!この子はあたしの子よ!あんたらにいろいろ言われる筋合いはない!」

「…しかし」

「もしこの子が本当に悪魔だとしてもあたしの子には変わりない!この子はあたしが責任を持って育てるわ」

「ちょっと?!ウナジさん!!!」


そして悪魔の子を連れて、母親は走り去っていった。







それから4年の月日が経った。
買い物から帰ってきた天使のウナジは家のドアを開けて中に入る。
実はウナジ、あの事件がきっかけで夫から逃げられ、一人で子どもを育ててきたのだ。


「サコツ〜?」


買い物袋を提げている腕を持ち上げて、ウナジは家のどこかにいる我が子を呼ぶ。


「おやつ買ってきたから食べる〜?」


しかし反応はない。
少し表情を顰めてウナジは続ける。


「いつまでそうしている気なの〜?サコツ〜」

「………」

「どこにいるの?出てきなさい」


最後はほぼ叱り声だった。
冷静に叱るウナジに答えるように、ようやく子どもが声を出す。


「………ふぅー…ふぅー……」


しかしそれは声ではなかった。
威嚇して獰猛に息をしている音であった。


「サコツ」

「…ふぅー……ふぅー…っ」


ウナジは眉を寄せる。


「また?」


ウナジの足には、赤い影があった。
赤い髪をしている我が子がウナジの足を噛み付いている。
そこからチラリと見える歯は完璧にウナジの足に食い込み、血を流している。


「サコツ!」

「ふーふー…」


サコツと呼ばれている赤髪の子は母親と違って黒い服を着ていた。
背中からも母親の羽を反転した色の羽。

闇色の羽根が鋭く立っている。


「サコツ、離れなさい」

「ふー…!」


母親のウナジは子どものサコツに注意するが結果は変わらない。


「…あんたいつまでそうやって怯えている気なの?」

「…ふー…っ」

「家の暗いところに篭って、あたしの姿を見るなりすぐに噛み付いてくる。あんたあたしを誰だと思っているの?」


あのとき生まれてきた子、サコツはやはり悪魔だった。
身も心も全て悪魔。

しかし、その悪魔は世の中に怯えていた。
周りにいる者全てが天使。
天使から見て悪魔は天敵であるが逆に悪魔から見ても天使は天敵だった。
お互いに怯えてあっているのだ。

天使に怯え今まで閉じこもっていた。
暗いところを何より好み、姿を消していた。
しかし目立つ赤い髪により気配は消えない。
隠れているところをウナジに見つかるとサコツはすぐに実の母であるウナジに噛み付くのであった。
そして、必ず言う台詞はこれ。


「……どうして…おれを"あくま"にした…?」


ウナジは今までにこの言葉を何度聞いただろうか。
更に眉を寄せる。


「…………こっちだって聞きたいぐらいよ」


今までだったらウナジはその質問に答えようとしなかった。
しかしいつまでたってもこの様子のサコツ。
さすがに、と思い、ついに今日反論しだした。

はじめて答えてもらい、思わず噛み付くのを忘れるサコツを見て、ウナジは眉を寄せたまま。


「何であんたはそんな姿で生まれてしまったの?あたしはあんたを悪魔にしたくて生んだんじゃない」

「…」

「天使と天使の間に何で悪魔が生まれたの?あたしだって知りたい」

「……」


サコツも悪魔顔で睨みつける。
ウナジの血が口元に付着している。


「夫からも逃げられあたしだけがこんなにツライ人生を生きている…」

「…」

「だけどね」


ウナジは目を悲しみ色に変えて、サコツに言った。


「あたし以上にサコツはツライよね」

「…!」


悲しみ色の瞳を見上げているサコツの表情が少しだけ緩んだ。


「あんたの気持ちも分かる。そりゃ悪魔になんてなりたくなかったね。本当は天使になりたかったね」

「…」

「今までずっとあんたはあたしを殺そうと必死に噛み付いてきたね。その行動を見てあたしゃ泪が出そうになった。まだ小さいあんたをこんなにも追い詰めていた自分に」

「…」

「ゴメンねサコツ。母さんはあんたを苦しませるために生んだんじゃないのよ。愛情をあげたいの。わかって」


そしてウナジはサコツを優しく抱く。
しかし腕の中でサコツが暴れ、ウナジの白い腕は赤く染まっていく。
痛かったがウナジは意地でも我が子を離さなかった。


「…はなれろ…!ころすぞ…」

「母さんはあんたの味方だから、何でも要望聞く。何してほしい?」

「しね」

「……」

「おまえなんて、かあさんでもなんでもねえ!…はなれろ…」


尖った悪魔の爪がウナジの腕を切り裂いていく。
それでもウナジは離さない。

こんなにも憎まれているが、それでも我が子。


「ゴメンね。その要望には答えられない」

「なんだよ!ころすぞ!」

「サコツ!」


軽い音がその場に響いた。
サコツの頬が赤くなり、ウナジの手のひらも赤くなる。

打たれて唖然としているサコツにウナジ。


「あたしを誰だと思っているの?あたしはあんたの母親よ」


目は真剣。


「あんたが悪魔だろうと関係ないわ。あたしはあんたを育てるの。愛情込めて精一杯」

「…」

「…そしてあんたをどん底から救ってあげる。あたしにできることはそれぐらいだから」

「………」

「これから頑張るから、だからもう怯えないで。母さん頑張るから」


真剣な母親の眼差しを受けて、サコツの赤く腫れた頬に生ぬるいものが通っていく。
今までよく流していた恐怖でできた泪と違って、その泪は母親の愛情に対しての喜びの泪。

サコツはウナジに対して初めて泪を流した。


「……………」

「こんな母親でゴメンね」

「……」


サコツは大きく首を振った。


違う。悪いのは母さんではない。
悪いのは世の中に怯えていた自分だ。

天使が怖くて、だけど本当は羨ましくて
それなのに届かない存在。

自分は悪魔。
母親は天使。


…………母さんに伝えたい…


「…"あくま"でうまれてきて…ごめんなさい……」


突然そう口を開かれてウナジはまた眉を寄せた。


「何を言っているのよ」


母親は泣かない。
歯を食い縛って堪えてから、我が子を打ったところを撫でる。


「あんたは何も悪くないんだから。だから泣かないで」

「……」

「こんなにも苦しめてゴメンね」


サコツを包んでいるウナジは全身から優しい光を燈すと、見る見るうちに治癒していく。
サコツに噛まれた足も、引っ掻かれた腕も、ウナジに打たれた頬も全てが綺麗サッパリなくなっていく。

実は天使は魔法が使えるのだ。
主に治癒魔法を得意としている人が多い。

対して悪魔は傷つけるしか能がない。


「もう苦しませないから。だから…」




母さんと呼んで





「……ありがとう。かあさん」





実の子に初めて名前を呼ばれて、母親はここではじめて泪を流した。





悪魔の子に天使の親は実に暖かい愛情を優しく優しく注いでく。









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天使から生まれてしまった悪魔。それがサコツ。
でも何ていうか悲しいものですねー。こういうのって。

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