「まああてええええ!!!」


トーフを抱えている小さな子供を捕まえるためにチョコは全力疾走していた。
馬並みの速さの彼女は風を切ってどんどんと差を縮めていく。


「ボンビ弟おぉぉぉ〜!!!」


女の執念というのは恐ろしい。
追いかけている相手の名前を叫びながら更にスピードを速くする。
名前を呼ばれたボンビ弟も焦った表情をしてとにかく走り逃げていた。
ボンビ弟の脇下にはトーフ。
世界が凄い速さで進んでいくため目が回って意識が朦朧としているようだ。


「捕まってたまるかよ〜!」


生意気な声で叫ぶとボンビ弟は急に軌道を変えた。
大きく右に曲がってそのまま奇妙な森の中に消えていく。


「ええ?!」


チョコは森の中に消えてしまったトーフとボンビ弟の姿に一瞬速さを緩めてしまった。
何故ならば森は見る限り、闇だったからだ。


「何よ?ここは?」


真っ黒い森の中、チョコは唖然とする。
しかしこんなところで気を緩めてしまっては駄目だ。
トーフを取り戻さなければならない。だから足を進めなくては。


「…っ」


歯を食い縛って怖さを噛み締めるとチョコも森の中へと消えて行った。



+ + +


小汚い子供の首根っこを掴んで、ソングは乱暴に、しかしやる気のない表情で訊きだす。


「何を考えてんだ?てめえらは」


しかしその乱暴な扱いにサコツが首を突っ込んできた。


「いくらなんでもそんな扱い可哀想じゃねーかよ!」

「んだよ。お前こいつらの考え聞いてたか?あの猫を売る気なんだぞ」

「聞いてたさ!多分な!」

「多分なのかよ!ちゃんと聞いとけ!」

「俺自信は聞いてたつもりだったんだが、実はちゃんと理解できていなかったのだ!」

「アホだ!こいつは徹底的なアホだ!治しようのないアホだ!」

「言うならバカと言ってくれ!」


踏ん反り返るサコツを見て、ソングは頭を抱え込んだ。
そして気を緩めた刹那、ボンビ兄はスルリとソングの手から逃げていた。


「わっはっは!逃れればこっちのもんだ〜!」


不細工に高笑いをするボンビ兄。
そのまま逃げ出すのだが


「ぼいんっ!!」

「あら、ごめんこ」


巨大なハトになっているブチョウにぶつかり、また倒れこんでしまっていた。
そしてそのうちにまた捕まってしまうボンビ兄であった。
クッソー、と悔しそうにこっちを睨んでいるボンビ兄をクモマが見る。


「ねえ、キミ…」

「おれはボンビ兄だ!」

「名前はねえのかよ!」

「名前は言わない主義だ!」

「アホがいるぞ、アホが」

「な〜にいってんだ!!アホは俺一人で十分だろ!」

「お前はバカの方がいいって言ってただろが!首突っ込んでくるなチョンマゲ!」

「てめーにチョンマゲ言われる筋合いはねーよ!たらこ唇」

「俺のどこがたらこ唇だと言うんだ!」

「顔全体が」

「顔の問題なのか?!普通唇の事を指すだろ?!」


話題が途中でたらこ唇になってしまったため、クモマが戻す。


「ねえ。ボンビ兄くん。何でトーフを売ろうとしたんだい?」


クモマの問いにボンビ兄は口を尖らし拒否した。


「へーんだ!答えてやらねーよーだ!」

「突きっ!!」

「はぐあ!」


生意気な答えにブチョウがお仕置きをした。
巨大ハトのブチョウの口ばしは見事ボンビ兄の頭を重点的に狙っていた。


「で、出る!いろいろ出るから!!」


頭をつつかれ、ボンビ兄はもがき苦しんでいた。


+ +


それからお仕置きが済んで、
ボンビ兄はクモマの質問にようやく答えてくれた。


「前にも言ったけどよー!あの猫はどうみても珍種だろ?だから売って金がほしいんだ!」


期待の満ち溢れた目を輝かせてボンビ兄は熱く続ける。


「おれらは金を手に入れるんだ!そしてこんな生活からおさらばするんだ!」

「こんな生活?」


そこに引っかかったのかクモマが疑問符を飛ばした。
ソングが推理する。


「金を手に入れたいってことはつまり金を持っていない、貧乏。てめえらは貧乏生活をしているってことか?」

「そのとおりだ!」


ボンビ兄が元気良く頷く。


「おれらは貧乏なのだ!兄弟仲良く貧乏だ〜!」

「…ここは見るからに貧相な感じがするけど、村全体がこうなのかい?」

「ここだけだ!」


声のトーンを落として訊ねてくるクモマにボンビ兄はやはり元気良く応答。
今度はサコツが口開く。


「それじゃーよ〜、この村のどっかにはあの門のように豪華なところがあるってことなのか?」

「門?」


ボンビ兄は首を傾げ、目線を泳がす。
そして門の存在を思い出したのだろうか、短く、あ、と言う。


「あの門だな!あれは確かに豪華な門だもんなー!おれいつもあの門を売りたいって思っていたぜ!だってあれ売ったら絶対に金が入りそうだからなー!」


まだ子供だというのに考えていることはお金のことだけなのだろうか。
複雑な気持ちになってしまう。

巨大なハトの姿から人間の姿に戻ったブチョウが話をまた戻す。


「それで?どこかに豪華なところがあるのかしら?」

「うお!お前その口調!女なのか!」


ブチョウの質問に答えずボンビ兄はブチョウの正体に驚いた様子のようだ。
ブチョウが仁王立ちをして


「私は見ての通り女じゃないの」

「いーや!おれはてっきり男だと思って話をしていたぜ!」


やはり初対面の人にはブチョウは男に見えるらしい。

そしてブチョウの問いにようやくボンビ兄が答えてくれた。


「豪華なところはあるぜ!」


チラっと目線を奥へと移して


「ずーっと向こうの方にな!」


ボンビ兄の目線につられてメンバーもそちらに動かす。
しかしそこに広がるのは貧相な風景。


「…ずーっと向こうか…」


遠くにある豪華な街の在り処に元気をなくす。
元気良く、おう!と返事をするボンビ兄にまた目線を戻して、今度はソングが話を持ち出した。


「ところで、何故ここはこんなにも貧相なところなんだ?」

「全くだぜ!俺らてっきり村全体が豪華だと思って期待して村に入ったのに、中身がこんな感じで驚いたぜ!」

「大きな耳クソが取れた並に驚いたわ」

「変な例え方するな!お前も一応女だろが!」

「誰だって大きな耳クソが取れたら嬉しいわよ!」

「嬉しいのかよ!」

「…それで、ここは何か事件でもあったのかい?」


気を取り戻してクモマが訊ねる。
ボンビ兄は首を振った。


「わからない!何でこんな風になっちゃったのかわからねえんだ!おれらは知らないうちに貧乏になっていた…!」


目線を下にする。
目に浮かぶのは汚い足。素足。真っ黒に汚れた足。


「父ちゃんも母ちゃんもいなくなるし、何でこんな風になってしまったんだ?おれらも知りたくてしょうがないんだよ!」

「…」

「村は大きく二つの領域に分かれてしまったんだ!一つは遠くにある豪華な街、そしてもう一つがここ、貧相なとこ…!」

「…」

「分かれてしまった…!おれらはどうしても豪華な街に行きたかった!こんな貧相な暮らしもうしたくなかったんだ!」


ボンビ兄の眼にはどんどんと力がなくなっていく。
ふっと目を閉じて、悔しさを噛み殺す。


「だけど手元には一銭も金がないんだ…!今までずっとこうやって盗んで生活してきた…っ!」


万引き常習犯か、と仲間を見つけたような目で一瞬見てしまったメンバー。
しかしそれはとても失礼な目だったため、すぐに険しい表情に戻す。


「だからあの珍種の猫がどうしてもほしかった!売って金を手に入れたかったんだ!!」

「……なるほど」


やがてボンビ兄の演説が終わると、メンバーは重苦しい空気の中に包まれた。
その中が動く人物はクモマ。
真剣に物事を考えているようだ。


「何かこの話には裏がありそうだね」

「そうだな」


ソングも頷く。
そして意見を述べようとしたとき、サコツが言葉をとってしまっていた。


「まさかよー、"ハナ"の仕業じゃねーよな〜?」

「…その可能性は耳クソが取れた並に高いわね」

「例えがよくわかんねーよ!!」

「"ハナ"…っぽいよねー。突然生活が変わるなんて"ハナ"にしかできない能力だろう?」

「だよな〜!やっぱここの"ハナ"は強烈なんだぜ!」


ラフメーカーにしか分からない話題のためボンビ兄は首をかしげてそんな光景を眺めている。
それから討論が終わるとメンバーはボンビ兄にこう告げた。


「僕たちを、ずーっと向こうにあるという豪華な街に連れて行ってくれないかな?」

「…へ?」


討論の結果、出された答えは「豪華な街が怪しい且つ是非行って見たい為、行ってみよう」ということだった。
突然そんなことを言われ呆然としているボンビ兄だったが、暫くして反応してくれた。


「わかったぜ!連れてってやるぜ!おれの力がどうしてもほしいっていうのならな!!」


最後は余計な言葉である。


「それじゃあよろしくたのむぜ!」

「おうよ!」


メンバーはボンビ兄と一緒に、街に行くことにした。

そして


「…トーフ、無事だったらいいな…」


ボンビ弟がトーフを連れて消えてしまった前方を眺めて


「チョコ、キミにかかっているんだ。頑張って…」


トーフを助けに行ったチョコを応援するクモマと一同であった。







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あ、すみません。耳そうじしていてすみません。
え?違いますよ。耳そうじしていたからあんなネタが出たのか、というわけではありませんよ、も〜

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