…そんなバカな…


 こんなの、ウソに決まっている。


 だって…取引したじゃないの。あんたと私で。


 だから私は今、アレを失ったんじゃないの。



 それなのに、これは何なの?

 私の夢・希望は何処に行ってしまったの?


 何でこんなことになっているの?…どういうこと?




 あんたと約束したから、私は心躍らせながら村に戻ることが出来た。


 取引条件が、アレだったから

 私はここに戻ってきたのよ。


 それなのに


 これは一体何?

 私たちの取引は一体なんだったの?

 私のアレはどうなるのよ?

 あんたが持ったままなの?


 そして、あんたからもらったアレは何処?

 これがその結果ってこと?え?


 村がボロボロになっているなんて私は聞いていないわ。


 村をこんな姿にしろと、私は望んでいないわよ?


 私は、幸せになりたかっただけなのに、何?この有様は?



 こんなの幸せじゃない。こんなのふざけている



 私の大切な人や人たちは、一体どこ?







 まさか、私は、




 騙されたの?









コートのある小屋までの道は確かに飛翔しなければ行けないルートであった。
きっとどこかの爆発で道が塞がってしまったのだろう。歩いては向かうことが出来なくなっていた。

ブチョウはやがて小屋までくると、驚くべき光景を目にした。

全く傷つけられていないコートと小屋。
魔物がいるかと思っていたのに、今は気配すらない。
そして不吉も重なった。

二人の影が赤く塗りつぶされていたのだ。

その赤に驚いてブチョウは一目散にそこへ向かう。


赤を生み出しているのは、黄色いモノと黒いモノ。



「…!!!!」



ヒヨリとジュンだった。
二人は体を重ねて、倒れている。
ジュンが上になっているようだ。


「……」


ショックのあまり声なんか出なかった。
声があったとしても出さなかった。


ブチョウは急いで、まずはジュンを起こした。
そして生死を確認する。


心臓は、動いていた。



生きている…っ


それから必死でジュンの頬を抓んだり叩いたりして意識を取り戻そうとする。
最初は全く反応がなくて焦ったが、暫くやっているうちに、反応してくれるようになった。


「……うぅ…」


ついに声までも出してくれた。
ブチョウは必死だったためまだ顔を叩いている。
すると


「…………遅すぎるんだよ…バカ…」


苦しそうに目を開けるジュンと目が合った。
ブチョウは安堵をつく。
ジュンは息荒く言葉を続けた。


「何やってたんだ……お前は防衛隊じゃ…なかったのかよ…?」


しかしブチョウは反応しない。
いや、口は開いている。
それなのに声が全く聞こえてこない。


「…聞こえないって…」


また苦しく息を吐いて、裂けた背中を押さえて


「…ったく、なんて奴らだ…。魔物のくせして…こんなことして許されると思っているのか…」

「…」

「おかげで背中刺されちゃったじゃねえか…」


ジュンはあのときヒヨリを庇ったのだ。
深く背中を抉られ、そのまま気を失っていた。

その間に、ヒヨリもやられたのだろう。同じく血を流しているところから。

悔しそうに舌打ちを鳴らす。


「…あぁ、…ヒヨリはダメだったのか…?何でヒヨリは動いていないんだ…?何で私だけが生きているんだ…」

「…」

「…何か反応したらどうなんだ?ブチョウ…」


ブチョウが口を開く。
しかし声は聞こえてこない。

あの透き通ったような清らかな声は、今聞こえてこなかった。


「…どうして声を出さないんだ?」


ジュンが問う。
ブチョウは答える。口を動かすだけで。
声は聞こえてこない。

ジュンは、まさか耳が可笑しくなってしまったのかと自分の耳を疑った。
しかし現に自分の声が聞こえている。ジュンの耳は正常であることを確信する。


…これは、一体?


ブチョウ、どうして声をださないんだ?



まさか




「…声は?」


ジュンが聞く。


「あんた、"声"はどうしたんだ?」


ブチョウが首を振る。


何で、首を振るんだ。




「"声"を失くしたのか?」




恐る恐る訊いてみる。
すると、ブチョウ



ゴメン


口をパクパク開きながら頷いていた。

ジュンは一気に冷や汗をかく。


「ふ、ふざけんなよ…。頷くなって…。ウソだといってくれよ」

ウソじゃない。本当なの。私は声を失ってしまった

「だから、声出せっつってんだろ!」

出ないわよ。声なんか、もう…


「お前、一体何をしたんだ…」


もう何が何だか分からなかった。
何でブチョウの声が消えているのか、サッパリであった。

ブチョウは口を開いて答えてくれるが、それはジュンには届かない。


取引をしたんだ。私はある人物と取引をした。あいつがあんな条件言うからつい乗ってしまったの


口を動かすだけで声を出さないブチョウにジュンは大きな目を潤わせる。
やがて雫が滴り落ちた。



「…ふざけんな…」

…ゴメン

「何で…こんなことになっているんだ…?どういうことなんだよ…」

……私は騙されてしまった。条件がアレだったから…声を売ってしまったのよ

「どうしてすぐに助けに来なかった?どうしてすぐに村を守らなかった?」


話は咬み合わない。
ブチョウはジュンの言葉に答えているのだが、それはジュンには届かないだけ。

ブチョウは必死に言葉を伝えようとしている。
それなのに、声を失ってしまったブチョウには出来ないことであった。
そんなブチョウの姿にジュンは泪をまた流す。
黒いマントと裏腹に肌は白くて綺麗な。そこを泪が撫でていく。


「…馬鹿野郎……この役立たず…。お前はただの白ハトか。クソ」

まさかこんなことになっているなんて思ってもいなかった。村から出た私は本当にバカだったわ

「………聞こえない…お前の言葉、全て聞こえないんだよ…それなのに無意味に口を動かすんじゃねえよ…」

……畜生っ…


どんなに頑張っても言葉はジュンに届かない。
ブチョウはそれが悔しくて切なくて、悪態をつきながら泣いていた。
泪の雫はブチョウをボロボロにしていく。


私の選択が間違っていたわ…。こんなことになるって知っていれば私は"声"を取引しなかったのに…。愚かな自分に腹が立つ……

「…」


言葉は伝わらないが、ブチョウが泪ながらに口を動かしているのを見て、ジュンも泪を流し続けた。
それと共に口からは血も溢れ出る。
肺からでた血は大げさにブチョウの顔を濡らす。


「…げほっ…ゴメン…ちょっと深く抉られすぎたみたいだ。内臓がおかしくなっている」

ジュンっ!!

「大丈夫だって、そんな心配そうな目するな…」


そう言いつつも血は溢れ出ている。
目の焦点も微妙に合っていない。


死ぬんじゃないわよ?!

「…わからないな…。いい加減苦しくなってきたな…」


偶然なのか、言葉が通じているような気がした。
そして


「なあ、ブチョウ。お願いが…あるんだ…」


ジュンは願いを伝えた。


「鳥族を滅ぼそうとしている魔物を倒してくれ…。私とヒヨリをボロボロにしたあいつらを…」


頷くブチョウ。
ここへ来た目的はもちろん魔物を倒すため。
しかし問題があったのだ。


ブチョウは召喚魔法の使い手だ。
ブチョウの場合は呪文を言わないと魔法を発動できない。

それなのに"声"を失っている。
つまり呪文が唱えることが出来ない。……


召喚魔法が使えない。



…戦えないわ…


ブチョウは肩を落とした。
まさか戦えなくなってしまっているなんて。
愕然としているブチョウの様子に、ジュンも気づいたようだ。
それから召喚魔法が使えないという事実にも気づいているようだ。


「…戦えない…そうだな。"声"がないならブチョウは召喚魔法を使えない…」


目線を逸らして残念そうに呟くジュンにブチョウは申し訳なく思った。


ゴメン…

「……」


まさか召喚魔法が使えないなんて盲点だった。
"声"を失うとはこんなに大変なことだとは思ってもいなかった。

自分のことしか考えていなかった。
自分の幸せしか考えていなかった。


 悔しい。


ブチョウは悔し涙を幾つも幾つも流していた。


村を守れない。

 自分のせいで鳥族が滅んでしまうかもしれない。


 自分は鳥族を守るために防衛隊に入ったのに、これではただの白ハトと等しいではないか。
 いや、白ハトとも等しくない。

 白ハトは愛と平和の象徴。



 …平和を作らなければならないのに…
 私は作ってやれない


召喚魔法が使えないなんて…これでは私は何も出来ない

「…」

責任重大だわ…私は何て事をしてしまったの…。どうして村の人たちのことを考えないで行動してしまったのかしら…。なんて私は愚かなの…

「…ブチョウ…」

…悔しい…。このまま魔物に乗っ取られてしまうのかしら…

「…考えがある…」


ブチョウの聞こえない泣き言をジュンが抑えた。
泪を流しているブチョウもジュンの真剣な眼差しを受けて口を閉ざす。


…考えって何?

「よく聞いてくれ。ブチョウ…」

「…」

「そして、私の考えを否定しないでくれよ…」

「?」


そして、ジュンは言った。



「私の"声"を奪え」



それはあまりにも衝撃な発言であった。
ジュンは考えを述べる。


「今ブチョウの喉に"声"が入っていないから"声"が出ないんだろ?そしたら"声"を入れてやればいいんだ…そしたら鳥族の里を守ることが出来る」

…そんな


ブチョウは目を見開くばかり。
声も出すがそれはジュンには届かないため、ジュンは残酷な意見を続ける。


「鳥人の大切な"声"を失くすなんてお前もどうかしているよ……さあ、私の"声"を奪うんだ」

無理に決まってるじゃないの…

「何言ってんだ」


聞こえたのか?
もう死に際だから聞こえないはずの声が聞こえるようになったのだろうか。
ジュンはブチョウと会話をする。


「無理じゃない。私の喉を潰せば私の喉にある"声"は押し出されて外に出る。そして空っぽのブチョウの喉に入って、私の"声"はあんたの"声"となる」

そんなの出来るはずがないわ

「出来る。そう信じていればきっと出来る」

…無茶な…

「無茶じゃない。むしろ"声"を失うようなことをするお前のほうが無茶なことをしている」


黙り込むブチョウ。
むしろその場にはジュンの声しか響いていないのだが。
そしてジュンは続けるのだ。


「私の喉を潰すんだ。…そうするしかもう方法がない…村を守るためにあんたは私を殺すんだ…」

…嫌だ。ジュンを殺すなんて出来ないわ

「やれよ!もう時間がないだろ!魔物たちは今"宮殿"へ向かってるんだ!!!」


ジュンの精一杯の怒鳴り声に、ブチョウは表情を強張らせた。
魔物の目的を知り、言葉を失う。

 魔物は、王の元へ行っている。


考えるだけで冷や汗が出た。
そんなブチョウを見て


「さあ、早くしろ。そして村を王を守るんだ。ブチョウ…」


 守らなければならない…。

 私は、皆を守らなければならない地位にいる。


 だから


ブチョウの手はジュンの首を掴む。
ジュンの首は恐ろしく冷たかった。


「大丈夫だ。私は時期死ぬ運命なんだ…少しぐらいそれが早く訪れても結果は同じだ」

……馬鹿野郎…

「バカはお互い様だ。このバカ。早く"声"を奪え」

…怖くないの?

「もう怖くない。実はもう痛みも感じない。麻痺したのか?それともこれが死に際ってやつなのか?それはわからないけど……っ」


突然、喉からゴボっと血が溢れ出てきた。
ブチョウの顔に再び掛かり、目から流れる泪が拭う。


……ジュン…

「ゴメンな。ブチョウ…私の声が"ヒキガエルの潰れたような声"で…。それがあんたのになると考えると…ツライな…。何せブチョウの声は本当に綺麗だったから…」


ジュンも泪を流し続ける。


「羨ましかった。綺麗な声が…。その声は一体どこにいってしまったんだよ…?」

…取引したから…もう私の元にはないわ。ゴメン…

「それはブチョウが選んだ道なんだ。仕方ない…。お前は"声"よりも"相手の取引対象物"の方を手に入れたかった…。だから仕方なく交換したんだろ?…それなら仕方ない…」



「やれよ。そのまま勢い良く喉を潰して…。そして私の声で村を守って…。私もそれを望んでいるから…」

……バカ…


ブチョウの親指はジュンの喉骨に乗せられて


「………ブチョウ…」




 ―――  今まで、ありがとう…



…ジュン………っ







「ありがとう」

ありがとう





その後、鈍い音が響いた。

ジュンの口から溢れ出る血。
それはやはり目の前のブチョウに掛かる。


目の前が真っ赤になった。


ガクンと頭が仰向けになるジュン。
ジュンの顔は真っ暗な空に向けられ、
目線は、真っ暗雲の中にポツリと1本線に漏れている太陽の光を見つめている。



……あんまりだ…


ブチョウが声を出す。
まだ声は出ていない。


こんなの残酷すぎる…こうしないといけなくなるなんて…世の中残酷だわ…


嫌だ…ジュン…どうして……


ブチョウの喉からは微かであるが音が出てきた。


……ジュン……私の所為で…ゴメン…


「ゴメン…………


「……私のために…ありがとう…」


黒いカラスを抱いてブチョウはジュンの声で嗚咽を吐きながら泣いていた。










「……ジュン…?」



そのとき、すぐ近くから声が聞こえてきた。
可愛らしい声、それはヒヨリのものであった。
ヒヨリは目を瞑ったまま、苦しそうに尋ねてくる。


「ジュン、無事だったの?」


ジュンの声のブチョウが応答した。


「ヒヨリ…っ!」

「…あ、よかった…ジュン元気そうだね…」


ヒヨリは目を瞑ったまま


「…ねえ、魔物はどうなった…?」


先ほどまで気絶していたから状況を把握できていないみたいだ。
ブチョウが答える。


「魔物は今"宮殿"の方へ向かっているみたいなのよ」

「…本当に?…そっか…それじゃあ王が狙われちゃうのかもしれないんだね…?」

「…っ」

「ねえ、ジュン…」


目が開かないのか、それとも目を開く気力さえも残っていないのか、目を閉じたままこう訊いてきた。


「ブチョウはまだなの?」


「………」



目の前にいる。

しかし目が開かないヒヨリにはジュンの声しか聞こえてこない。
ヒヨリはジュンと会話していると勘違いしているのだ。

ブチョウが首を振る。


「今、宮殿に向かっているわ。皆を救うために」



それを訊くと、ヒヨリは口元を吊り上げて、嬉しそうに微笑んだ。



「そう。よかった…。ブチョウ助けに来てくれたんだね…」

「…うん。遅れてごめん、だって」

「…本当だよ。遅すぎるよブチョウったら…。私ずっと待ってたんだから」

「…」

「このコートに。私たちの"絆"に。私毎日来ていたのにブチョウは来てくれなかった…。ひどいよね…」


ヒヨリから出される気持ちがブチョウの心を痛くした。


「ジュンも最近来ていたし、やっぱり皆とゲームしたかったんだよね?」

「……あぁ。したかった…。毎日、皆とボール遊びをしたいと思っていた…」

「だよねぇ」


ブチョウは震えたジュンの声で、自分の気持ちを言った。


「忙しくて私はそこへ行くことができなかった…。だけど毎日毎日、思っていた。皆といたいと思っていたわ…。だけどまさか二人が毎日のように皆の帰りを待っていてくれてたなんて…思ってもいなかったわ…」

「私は、ブチョウのことも皆のことも好きだから…」

「ありがとう…」

「何でジュンがお礼を言うの?可笑しい〜」


消えそうな声でヒヨリは笑う。


「まさか、私の目の前にいるのはブチョウ?…まさかね。だってブチョウの声は透き通るように清らかで聞いている側を幸せにしてくれるような声だもんね。ジュンの"ヒキガエルの喉が潰れたような声"とは大違い」


クックと苦しそうだけど笑っているヒヨリにブチョウが否定した。


「違う。ジュンの声は潰れたような声じゃないわ。こんなに優しい声をしている…」

「…何自分で自分の声を褒めているの?…可笑しいねジュン」


泪を流して"声"のありがたさを実感しているブチョウに向けて、ヒヨリは最後の力を振り絞った。


「早く、皆がそろえばいいね」



それから黄色いカナリヤも動かなくなった。



そして白ハトは黒い羽根と黄色い羽根を一本ずつ手に取ると、目の色を変えて魔物のいる"宮殿"へ向かった。
普段、召喚魔法を使うときは空に魔法陣を描いていたのだが、このときから戦闘方法を変えていた。

白ハトは、カラスの愛用としていたハリセンにカナリヤの血で魔法陣を描いて、召喚を繰り広げた。


やがて魔物を倒し、鳥族の里を守った白ハトは、村の人に称えられた。
"英雄"として。






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つまり、こういうことです。
ブチョウの今の声は本当はジュンの声なんです。
だからハスキーな声をしているんですね。はい。
何とも切ない英雄話になってしまいましたが…。

ちなみに、ドラッグして反転すれば"声"がないときのブチョウの発言が見れますので、是非ドラッグしてやってください。


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