避難所を出てみると、変わり果てた村の姿が目に入ってきた。
炎に覆われた家々。空を見上げると"宮殿"は今のところ無事のようである。
燃え盛る炎が村を赤く染め上げ、空気を黒くしていく。

ここは、あの平和だった鳥族の里。

鳥たちの囀りがいつものように奏でられていたのに、今はまるで違う。
あちらこちらで起こる爆発音が盛んに鳴っている。


ヒヨリとジュンは、そんな村の中を走っていた。
今は誰もいないといってもいいようなこの村を走っていく。
防衛隊の人たちは被害にあった村人の治療や、他の避難所に行ったりして村人の無事を確認しているようだ。


ヒヨリが隣にいるジュンに言う。


「ねえ、まだ無事かな?」


これの主語は言われなくても分かる。自分らが向かおうとしているコートのある小屋のことだ。
ジュンは軽く首を振ってみせる。


「分からない。とにかく急ごう」


そう促して、さらにスピードをつける。
ヒヨリはジュンより足が遅いため少々出遅れてしまうがジュンが手を差し伸べてくれたため、一緒に走ることが出来た。

二人は、みんなを結んでくれた"絆"の場所へ向かっていく。




やがて、見えてきた。

濛々と上がる炎の隙間から"絆"が見える。
見える限り、"絆"は無事のようであった。まだ傷一つ付けられていない。

しかし、見えるものがあった。


それは今まで見たことのないモノで。
大きな体を持った、明らかに人間でないモノ。動物のような、しかしそうではないモノ。

オーラが違った。体から出ているオーラがまず違う。
あんなの人間ではない。そしたら何だ?



これが、"魔物"というやつだ。


しかもそれは複数いて、小屋を取り囲んでいる。
今から小屋を燃やそうとしているのだろうか。
含み笑いをしている魔物の姿にヒヨリが強張っている。
ジュンも初めて見る容姿に目も口も開いて絶句している。



スピードを緩め、今度はゆっくりとゆっくりと魔物に近づく。
やがて声が聞こえてきた。

低い声が空気を鈍く震わせる。


『さて、次はここを消すとするか』

『ぎゃーっしゃっしゃ。そうだな。こんなところさっさと滅びればいいんだ』


「「?!!」」


魔物の台詞に二人は更に強張った。

どうしてこんなことをするのだ?
鳥族をどうして滅ぼそうとするのだ?

魔物は続ける。


『この調子で他の里も滅ぼし、そして我々の世界を作るんだ』


"この調子で"…?
"他の里も滅ぼし"…?


何やってんだ?こいつらは…



そのときであった。


「そんなこと…させない…っ!!」


ヒヨリが魔物らに向けてそう叫んでいたのだ。
今は危険だ、とヒヨリを引き戻そうとするジュンであるがヒヨリは止まらない。
ジュンを置いて、一歩一歩と魔物に近づいていた。
手足は酷く震えていたが、それでも魔物に近づいて、言い放つのだ。


「この村も、他の村も滅ぼせないっ」


しかし声は凛していて。
ヒヨリの声に魔物も反応してこちらを振り向く。
相手がカナリヤだと気づくと魔物はニタアと弱い者を見つけたような表情を取る。


『何の用だ?小鳥さん』

『俺らの邪魔をする気なのか?』

「……っ」


ヒヨリは硬直する。怖かったのだ。
しかし、頑張って口を開く。


「邪魔をしているのはあんた達の方だよ」

『?!』

「私たちの村をこんな風にして…」


言っている途中で泪が溢れ出てくるがそれでもヒヨリは踏ん張った。
鼻を啜って、魔物相手に突っ込む。


「あっち行ってよ!!私たちの村なんだよ!あんたたちの好きにさせない!!!」


刹那の出来事だった。

いつの間に遣ったのだろうか。ヒヨリはその場に倒れていたのだ。
ジュンは呆気にとられる。


『小鳥のくせしてごちゃごちゃうるせぇんだよ』


魔物の邪悪な声が響いた。
それを聞いて、ジュンからは徐々に込みあがる感情を抑えることが出来なかった。
目つきを鋭くして歯を食いしばると、黒マントの下から愛用のハリセンを取り出して


「何しやがったんだ!てめえら!!!」


魔物に襲い掛かった。
しかしさすが魔物だ。動きも力もジュンの数倍も上だった。


『カラスならもっと頭使って行動してみろや』

「っ!!」


ジュンの攻撃を難なくかわすと魔物は爪を立てる。


『おさらば、だ』

「…っ」


もうだめだ。そう思ったとき
魔物を邪魔した者がいた。


「…やめて…」


ヒヨリだ。
ボロボロの腕を魔物の足に巻きつけて、魔物の動きを止めている。
必死に叫ぶ。


「やめて!ジュンを傷つけないで!ここを傷つけないで!」


ここを…


「"絆"を奪わないで!!!」

『絆とは一体何のことだ?』


必死にしがみ付いているヒヨリを見下ろして魔物が問う。
すると他の魔物が小屋付近に転がっていたあるものを拾う。


『絆とは、これのことか?』


悪戯く言う魔物の手にはボールが持たれていた。
そのボールはヒヨリたちがゲームをするときに使用する、あのボールだ。


「クソ!!」


悪態ついて、ボールを奪おうとジュンが素早くハリセンを動かすが、ハリセンは空間を切るだけであった。
軽く避けられ舌打ちを打つジュンにボールを持っている魔物が笑う。


『これがほしいのか?』


ジュンは目の色を変えて再び魔物を襲う。
しかし、やはり難なく避けられ、ジュンは勢いで転げてしまった。

ジュンを見下ろして、魔物。


『ぎゃーっしゃっしゃ。そうか、これがほしいのか』


すると魔物は持っていたボールに爪を当てる。
ボールは風船が割れたかのように音を立てて割れ、目の前には丸い形はなくなってしまっていた。

唖然とするジュン。
対し激しく行動をとっているのはヒヨリ。


「ああ!!!ボール!」


今まで大切にしてきたボール。
昔からこのボール一筋でゲームをしていた。馴染み深いボール。

大切な大切なボール。


そのボールが今目の前から消えてしまった。



ヒヨリは泣きじゃくる。


「ひどい!ひどいよ!!何でこんなことするの!!」


魔物は面白そうにヒヨリを見下ろしている。
ヒヨリは泣き叫ぶ。


「嫌だ!何でどうして…!わあああああぁん」

「ヒヨリ!」


ジュンは見た。
ヒヨリが必死にしがみ付いている魔物の姿を。

魔物の手はいつの間にやら鋭くなっていた。
あちこちで燃え上がっている炎を不気味に映して、魔物の手の刃は

真っ直ぐに

ヒヨリの背中目掛けて



「ヒヨリぃー!!!」




+ + +


 何だ。この有様は…。

 どうしてこんなことになっているの?

 ここは一体何処?私は村を間違えたのかしら?



 私の村って、こんなにも黒く、そして赤かった?



酷い世界だった。
ブチョウが村に戻ってくるとそこはまるで別世界だった。

 美しかった村は何処にいったの?
 私がいなかった間に何があったの?


 何で…?


村の門前に立ち竦むブチョウ。
呆然と、ただただ燃えていく村を眺めている。



 何が起こったのかサッパリだ。


 どうしてこんなことになっている?



…どうして………





頭の中が真っ白になった。
唐突過ぎる現実に目が眩んだ。



 一体村に何が起こったのだ?

 みんなは無事なのか?


 みんなは…王は?




一気に冷や汗が出た。
嫌な予感がひしひしとしてきた。


 急がなくては!

   村を、みんなを、王を守らなくては!!



ブチョウは炎の燃え盛っている村の中に入っていく。


+ +


中はありえない世界が繰り広げられていた。
あの数分の間に何が?

家は燃え尽きて真っ黒になっている。
自然もボロボロ。

上の方にある"宮殿"は無事のようだ。


 王は無事かしら?


顔が熱くなる。
周りが熱い所為なのか。分からない。


 みんなも無事なの?


何故村人全員がいないのか不思議だった。
村人を探すためにブチョウは黒い且つ赤い村を走り回る。



そして暫く走って、影が見えてきた。
影はブチョウに向けて手を振っている。


「ブチョウさん〜!!」


防衛隊の一人だ。
ブチョウの姿を見て安堵をついた表情で


「無事でありましたか?」

「…」


無言で答えるブチョウに防衛隊の男は気にせず言葉を続ける。


「皆さんはこの避難所の中にいます」


それを聞くとブチョウも表情を歪めた。

 それは、よかった。

しかし、口には出さない。
あまりにも煙いこの場所で口を開くなんて困難なことなのだ。
それにも関わらず男は口を開け、続ける。


「…ところでお願いがあります」


防衛隊の男は、目を震わせると、こう話しかけてきた。


「ブチョウさん、あの二人を連れ戻してくれないでしょうか?」


突然、頭を下げ、勢いで土下座をする男を見てブチョウは呆気にとられる。


「ワタクシがカルガモなばっかりに…っ!あの二人を飛んで追うことが出来ませんでした…」

「…」

「今ではそこへ向かうには飛んでいくしか方法がありません」


男は額を地面に付けたまま、お願いをした。


「ブチョウさん。どうか行ってもらえないでしょうか?」

「…」


目つきを変えてブチョウが男を無理矢理その場に起こす。
そして目だけで、そこは何処なのか、訊きだす。

男も分かったのだろうか、答えてくれた。



「コートのある小屋であります」


「……っ!!!」



コートのある小屋。
見覚えのある場所であった。
…いや、見覚えありまくりだ。


そこは、…そうだ。
昔よく皆と遊んだ、あの場所だ。

ボール遊びをした、あの場所。




そこへ向かった二人…?



誰のことだ?


まさか…



「…っ!」


嫌な予感がした。
ブチョウは手荒く男を突き放すと、白ハトの姿になって、黒い世界を羽ばたいていった。

男はそんなブチョウを凛とした表情で見送る。
手を組んで、祈りの態勢をして。


ブチョウは、真っ直ぐに
コートのある小屋へと飛翔する。








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