― スピークの村 −




今から10年ばかり前のこと。
ここは「スピークの村」という長閑な村であった。
動植物に囲まれ、人々も明るくて。

しかし、一人の少女を除いては…。



「げ!『汚れた口』が来たぞ!」

「『汚れた口』がうつっちゃうわ」

「来るな!汚れ女!」



「………………」







『汚れた口』


それは、この村での嫌われ者のこと。
人より目立つ髪色…桜色が特徴的なその少女は
いつもいつも、皆に避けられていた。



なぜその少女が嫌われているのか。
理由はきちんとある。


まず、両親がいないことだ。

少女は今までずっと一人身で育ってきた。
誰から生まれたのかもわからない。
気づいたときから少女は一人。
周りの人に『汚れた口』といわれ、避けられていて。


あと一つ大きな理由がある。
それは




「…あ、小鳥さん…」

チチチ…

「…うん、大丈夫。ありがとう」

チチ…チチチ…





このように、少女は動物と話すことができるのだ。
それが村人にとっては奇妙で仕方なかった。


小鳥と会話をしている少女。
それを見て忌み嫌うのは村人。



「あら、あの子…また動物と会話しているわ」

「やっぱり頭が可笑しいのですよ。いかれていますわ」

「第一動物と会話なんてできっこないのよ。アホみたい」

「離れましょう。『汚れた口』がうつったら困りますわ」




村人がこんな感じだったので
少女には

友達

というのが、いなかった。



少女の友達は、動物たち。



少女の心を癒してくれるのは

人間ではなく、動物だった。



人間は、少女の心を深々と傷つけていき
動物がその心を癒してくれる。




何故人々がそんなに自分を嫌うのか、少女には理解できなかった。






何故少女を嫌うの?

何故少女は動物の言葉が分かるの?

何故少女には友達ができないの?


何故動物の言葉が分かるということに嫌悪を抱かれるの?



ねえ…


少女は一体、何者?













桜色の髪が、そよかぜに煽がれて
まるで馬の鬣が揺れているかのように髪は風と遊んでいて。

空は彼女の髪を反転した色。


普段は動物たちと一緒にいるのだが今日は一人。

一人になりたい気分だったのだ。
ツライ気持ちでいっぱいだったから。


 私はこれからどうしたらいいのだろう。


少女は生きることがつらかった。
このままツライ人生を生きなくてはならないのかと考えると
胸が痛かった。


空を仰ぐ。
きれいな空。
だけど少女の心は、こんなに澄んでいない。

 ズダズダに傷つけられた、こんな心を
 空と比較するなんて、失礼なことだ。





胸を抱く。
汚くなってしまった心だけど、少女はこの心は嫌いではなかった。



動物の気持ちが分かる心。



個人的には得をしているかと思っていた心だが
他人から見たらこんな心なんて不気味でしか思えない。

どうしてわかってもらえないのだろうか?

動物と会話ができるなんていいことではないだろうか?



…こんな風に思っているのも
少女だけなのだろうか?





悲しくなる。

少女は、哀れな自分に悲しさを抱いた。



気づかないうちに、少女はかなりの時間を使っていた。
空が青から黒へと変わり、黒雲が覆っていた。

この黒雲は、
少女の心と例えると、人々によって傷つけられた、悲しい部分。



黒雲はどんどんと村を覆って、真っ暗になっていく。
この様子だと雨が降りそうだ。

大粒の雨。
大量の雨。
少女の心の泪のように、どんどんと降るだろう。この黒雲から。


雨が降るかと思い、空を仰ぐ。

黒い、暗い、そんな世界。

これは人々の心を映しているかのよう。

いや、違う。


少女の悲しい部分を映しているのだ。



この悲しい部分は、とてもツライ。


だからどうしても消したかった。






 このまま、消えてしまいたい…


 そうだ…








 私は消えてしまえばいいのだ。



 そしたら私はこれ以上辛くならないですむ。




 苦しまないですむ。



 もう毎晩泣かなくていいのだ。







 そうだ。




 もう私なんて生きている意味もないのだ。
 人々に避けられるなんてこれ以上にツライものはない。


 そうだよ。
 もう生きなくてもいい。





 死のう。













少女は軽い魔法なら扱うことができる。
それを使って、少女は自殺をしようとした。


地面に転がっていた木の棒を使って、地面に"らくがき"の魔方陣を描いて、
少女は 火 を出した。

小さく舞い上がっているこの火。

これをこの木の棒に移して
火を手に入れる。

そして、火を燈している木の棒を
喉に炙るのだ。


怖い行為だった。
しかしこうするしかもう考え付かなかった。

火は徐々に喉に近づいていく。
怖い、怖い。
だけど、死ぬしか思いつかない。

喉へ向けて火は…。



そのときであった。


突然、黒雲から雨が流されたのだ。


一瞬にして少女の作った小さな火は無残に消えていく。


「あ」

「っくくく…愚かな人間だ」


声が聞こえてきた。
しかし少女は自殺を妨げられ呆然としている。
声はどこからか聞こえてくる。


「桜色の髪の娘よ、今何をしていた?」

「…」

「火を喉に炙ろうとしていたところから、自殺か?」

「…」


大粒で大量の雨の中、
やがてその声の主が姿を現した。


「っくくく…面白い」



全身黒ずくめのフードを被った男だ。
男は楽しそうに笑い声を上げている。
対し少女はそんな男の姿を死んだような目で見る。


「どうした?どうしてそのような目をしている?」


男はやはり面白そうに笑いながら、少女へ近づいていく。
暗い中に動く黒は、闇が動いているようで、怖い。


「さては何か辛いことでもあったのか?」

「…」


少女はやはり答えない。
ただボーっと闇のような男を見ているだけだ。
男は笑う一方。


「っくくく…面白い娘だ。生きているのか死んでいるのかも分からない」

「…」

「自殺願望者か?まだそんなに人生も歩んでいないだろうにどうしてそのようなことをした?」

「…」

「答えないか。相当心が病んでるな。可哀想に」


そして男は少女の目の前に立った。
背の高い男。
少女も顔を上げて男を見る。

フードによって影ができているその顔。あまり表情は見えなかった。


「桜色の髪の娘よ、そんなに心が病んでしまったのは一体何故だ?」

「…」


これ以上、男は何も訊ねてこなかった。
暫くしてやがて少女の口が開いた。


「…みんながね……」


はじめて反応してくれて、男はまた楽しそうに笑う。
少女は強い雨に打たれながらも最後まで言葉を吐いた。


「…私を避けるの…動物と話せるから頭が可笑しいイカれているって…『汚れた口』と言って皆嫌そうに逃げていくの…」

「ほう」


男は顎に手を置き少女を促す。


「それがね、私嫌だったの…もう辛かったの……だから…今から死のうかなって…」


雨に打たれすぎて目が真っ赤。
雨が目に当たって泪のように滴り落ちる。

そんな少女を男はまた笑う。


「面白い。"動物と話せる"とは面白い能力だ」

「え?」

「良いではないか。動物と話せるとは。さては何か能力を授けられたのか?」


少女は首を振る。
そんなの、こっちだって知りたいことだ。


「そうか」

「ねえ」


今度は少女自ら訊ねた。


「私のこと、そんなに面白い?」


含み笑いで振舞う男。


「面白い。存在自体が面白い」

「本当?あ、ありがとう」


ここで少女は頭を下げた。
思いもよらなかった行動に男もさすがに驚いた様子だ。
頭を下げたまま少女は続けた。


「私のこと褒めてくれたのおじさんがはじめてだよ」

「おじさん…っ」


少し感に障ったらしいがまた先ほどの笑いを含めた表情に戻った。


「私ね、今までずっと友達なんていなかったの。一人だったの。だから辛かったの。私友達がほしかったの。だけどね、人間は嫌い」


語尾に付けられた言葉に男はピクっと反応する。


「人間はね私のこと嫌いなの。だから私も嫌い。人間なんて大嫌い」

「…ほう…」

「人間なんていなくなればいいのに…」


そしてそのまま少女は俯いた。


「人間がいなくなってくれれば私は苦しまないですむ。私は死なないですむ」

「…」

「…人間なんて消えてしまえ…いっつも思っていたの…」

「…」

「だけどそんなの無理だよね。だって私も人間だし、変なことだよね。人間全員が死ぬより私一人が死んだほうが…」

「っははは」


面白かったのか、突然男は笑い声を上げた。


「面白い案だ。人間を消すのか。いい案だ。面白い」

「…?!」

「そうだな。人間がいなくなれば娘は苦しまないですむな。っははは、面白い。非常に面白い」


男は笑いながら続けた。


「人間を消そう。消してしまおうか。っくくく…」

「…ちょっと」


まさか真に受けてしまうとはと少女は慌てて男を止めようとする。
しかしもうすでに遅い
男は、真に受けていた。


「どうやって人間を消そうか。どうすれば人間が確実に消えるか」

「おじさんっ!」

「そうだ」


何かを閃いたらしく、男は少女と目を合わせる。
そして少女の頭に手を置き、グイっと少女の顔を垂直に上に向かせた。
少女は短く悲鳴をあげるが、男は気にせず笑い声を上げていた。



「桜色の髪の娘。お前の中に、入ってみようか」



「!?」

「そして自らの手で人間を消せばいい。っくくく、名案だ」


何を言い出すのかと少女は目を見開く。
この男、ヤバイ。
そう思ったのだが頭を掴まれていて逃げられない。

そして刹那の出来事だった。

男は雨に溶け、姿を消すと、特徴的な笑い声を発しながら
雨と共に、少女の口の中に入っていったのだ。


「………………っくくくくく………」



少女はそう笑い声を発すると、
村の中心へと足を運んでいった。











雨の中。
傘を差さずに歩く桜色の髪の少女。
目つきは鋭く、口は常に吊り上っている。
そんな少女を見て、傘を差している村人はやはりバカにして、避けていた。


「…っくくく…なるほどな。確かにこれでは心が病んでしまうな」


少女は独り言を言う。


「あら『汚れた口』。傘を差さずにびしょ濡れなんて、あなたにお似合いだわ」

「口も汚れているのに目までもが汚れてしまったのか?ひどい目つきだぞ」

「こんなときでもいるのかよ『汚れた口』」

「『汚れた口』がうつっちゃうわ。避けなくっちゃ」

「向こう行こう」

「逃げよう」



「…逃がさない」

「…?!」



「村と共に滅びよ、人間」















少女の一言は、大きな爆発を生んだ。
少女を中心に村は次々に破壊されていく。
建物は吹っ飛び、自然も吹っ飛び、人も吹っ飛び…

世界は白くなっていく…。









+ +








「うぅ…ん…?」


いつの間に寝ていたのかと、少女は目を覚まし、身を起こした。
目を擦って今何時だろう辺りを見渡してみる。
少女の目に映ったものは

真っ白い、世界。


「………っ!!!」


何もないその場に、少女は言葉を失った。

何だ?これは?
自然がない、人がいない
村が消えた?

呆然と辺りを見渡す。
やはり何もかもがなくなっている。
村が消えている。
人が消えている…。


ま、まさか…

いや、そんな…まさか

こんなはずはない…人間が消えてしまうなんて…




「…これは一体どうなっているんだ?」


遠くから声が聞こえてきた。
一人の声が何もない空間に叫ぶ。


「村はどこだ?!スピークの村は何処に行ったのだ?!」


それに続いて別な声も飛び交ってきた。


「何故ないんだ?我らの村が?」

「我々が村を離れていたときに何が起こったのだ?」

「どうして村がないんだ?!」


「誰が一体こんなことをしたのだ!!」



運良く村を離れていて無事だった村人のようだ。
そして少女の姿を見つけると、村人はすぐに顔色を赤く染めた。
ゆっくりと口を開いた。


「お前か…?村をこんな風にしたのは…」

「『汚れた口』め。まさか我々に復讐でもしようと思ったのか?」

「この『汚れた口』!!村を返せ!!」


怒り狂って襲い掛かってくる村人に、少女は必死になって逃げ出した。

何が何だか分からない。
どうして自分がこんな目に遭わなくちゃならないのだ。

少女は泪を流しながら、とにかく逃げた。
村人からとにかく逃げた。


確かに少女が村を破壊した。
けれども少女はこんなことする気ではなかった。

嫌いな人間の一部は消えた。
しかし全くいい気分になれない。
悲しみでいっぱいだった。

人間がいなくなるなんて、悲しい。
これ以上に悲しいものはないのではないだろうか。

少女はいつしかそう思えるようになっていた。

間違っていた。
自分は同じ人間ではないか。
それなのになんてひどいことを考えてしまったのだろう。
なんてひどいことをしてしまったのだろう。

…これからどうしたらいいのだろう…


そこで少女の頭に考えがよぎった。


 そうだ…。償おう。
 自殺なんか考えないで、
 自分のせいで死んでしまった人間のために、自分ができる償いをしよう。

 …そうだ。笑おう。
 笑って、無意味に笑って、気分高く笑って、償おう。
 それしか私にはできない。


 ごめんなさい。私のせいでごめんなさい。

 村を消してごめんなさい。


 愚かな自分でごめんなさい…。




そして少女は、村人から逃げ切り、そこから離れていった。

その光景を、黒ずくめの男が
楽しそうに笑い声を上げて遠くから眺めていた。






暫く時がたって。
村は『スピーク』から『トーク』へ。







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チョコの過去話でした。
ちなみにあの黒尽くめの男は、山吹のとこのSOAのあのキャラですよ(笑

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