すた 、 カツ 、 すた 、 カツ … ……


奇妙な足音は、徐々にこちらに近づいてくる。
メンバーは音を聞くたび、体を硬直させる。
一つの影から発される2種類の音に、不気味さを感じていた。
それに対し、ソングは


「……メロディ……」


先ほどから、その言葉しか言っていなかった。
音は更にこちらへと近づいてくる。
2種類の音を奏でて。



すた 、 カツ 、 すた 、 カツ 、 すた 、 カツ 、…

すた… カツ……すた…カツ…


音は最後になるにつれて大きく鳴っていた。
近づいてきている何よりの証拠だ。
そして影の姿は、見える範囲にまで迫ってきた。
影は微かに残る霧によって身が隠れているが、その影の異常にはメンバーも気づいていた。

影は、見るからに…


「「……っ!?!?」」


人間では、なかったのだ。

音は更に大きくなっていく。
2種類の足音をたてて、やがて影は完全に姿を現せた。

その場に、
ツンと異臭が漂う。
酷い姿に、目を覆う。
涙が溢れそうになる。
目が真っ赤になる。
胃が空っぽになりそうになる。
口までも抑える。
影の姿に、メンバーの顔は真っ青になっていた。


「………ソング………」


人間ではないモノがソングの名を呼んだ。
ソングも応える。


「……メロディ……………」


メロディと呼ばれたモノは、異臭を放ち、周りに泪を誘いながら
ゆっくりとゆっくりと、メンバーの前へと近寄ってくる。
その度、メンバーも後ずさり。
酷い匂いと醜い姿に、耐えることが出来なかったのだ。
それとは裏腹にソングは前へ前へと誘われるように歩み寄っていた。


すた…カツ…すた…カツ…

メロディは生身の右足と白骨になっている左足で音を奏でていた。
二人はゆっくりと近づいて…。


「ソング!!」


思わずクモマが口を抑えつつも叫んだ。
しかしソングは無視して真っ直ぐにメロディの元へ行く。


「ウソでしょ?あれがメロディさんって言うの?」


ソングが先ほどから名を呼んでいるため、チョコも泪を堪えながら訊いてみるが、返事は返ってこなかった。


「冗談はやめよ〜ぜ…。あれが彼女って言うのかよ。あれじゃあ魔物って言った方が正しいぜ…」


サコツが気分悪そうに眉を寄せて口と胸を抑える。
メンバーもサコツのその意見に頷いていた。

異臭を放って、あんな醜い姿…
右半分が腐って、ドロドロの肉と皮を引きずっているなんて
あんなの人間ではない。
腐りきったところからは微かに白骨も見える。

しかし、左半分はどうだ。
左半分はまだ無事な部分があった。
顔も左半分だけは無事だったようで、左目下に三つの丸模様があるのが見える。
その模様に、トーフはもちろん、写真を見たチョコもブチョウもクモマにも見覚えがあった。



あれは………メロディだ。




「…ソング………」


様々なものを引きずりながらメロディはソングの名を呼び続ける。
ソングも彼女に近づいていった。

よくもあんな姿でメロディとわかったものだ。


二人の距離は徐々に徐々に縮まって…




+ +

あの青い光の中、ソングは聞いていたのだ。
邪悪な色の光が言った言葉を。


―――― しかし、お前の願い事だ。言うとおり叶えて進ぜよう。

「…!」

―――― だが、それがこの罪の罰だ。お前へ与える罰はその彼女に逢わせる事

「……」


―――― 嬉しいか?しかしよく考えてみろ。それが罰なのだと私は言っている

「っ!」


―――― ただで済むと思ってるのか?クックック。これだから人間は面白い。



光は笑いを堪えながら、更に続けていく。



―――― 数日前に死に土の中に埋められた人間だぞ?普通の姿だと思っているのか?

「!!」

―――― 肉は蟲に食われ、内臓は腐り、そのため匂いもキツイぞ。クックック…


愕然としているソングに、光は言葉を下した。


―――― 私からお前へ罰を下す。有り難く受け取るがいい。愚かな人間よ。クックックック…



+ +



「………ソング……………」


彼女は近づいていく。
彼の元へ。彼女は腐った水のような色をした泪を流して、近づいていく。

彼も震えながら、歩み寄っていく。
醜い姿の彼女の元へ。のたのたとふらつきながら、それでも近づいていく。

それを阻止しようとするのはメンバー。
彼の名前を呼びながら、止めに入った。


「やめろ!あんなの人間じゃねーぞ!近づいたら危ねーって!」

「お願いだからやめてよソング!…うぇ……」

「チョコは後ろに下がっていなよ。匂いに負けちゃうよ」

「凡!あんた一体何したわけよ!?軽く1000文字にまとめなさい!!」

「メロディさん…あんた、何でこんなとこへ這い出てしもうたんや?…あんたはもうこっちの世界の人間じゃあらへんのやで?…無茶なことしたらあかんやないか……」


しかし、全てソングは無視した。
ソングは真っ直ぐに彼女の元へ行く。


そして、二人の間には距離は無かった。


「……………」


メロディは何も言わず、そのまま勢いでソングの胸に飛びついていた。
抱きつかれたソングは震えている。


「………」


ソングが何か言おうとしているのはわかるのだが、言葉になっていなかった。
口がパクパクと動くだけで。

メンバーは遠くから、二人を見ていた。



「……」


ソングは目を閉じて奥歯を噛み締め、震える体を抑えていた。
暫くの間、沈黙。

やがて、口を開いた。


「……どうして………」


恐ろしく震えている声だった。
胸の中にいる腐ったメロディを優しく抱いて、ソングは続けて言ったのだ。


「…お前…死んでしまったんだ……っ」


そのまま強く、抱きしめていく。


「勝手に死にやがって…お前にしてあげたいこと、たくさんあったのに……」

「……」

「お前が死んで俺がどれだけ悲しんだと思ってるんだ…。毎日、辛くて、辛くて……」


震えているソングの言葉は、遠くにいるチョコの泪を誘った。
ボロボロ泪を流しているチョコにクモマが心配そうに肩を叩いてあげる。


「だってだって……」


何か言おうとしたチョコであったが、そのまま泪に埋もれてしまった。
同じく泪に埋もれそうになっているのはソング。
やっと逢えた彼女との再会に、グッと泪を堪えていた。


「…助けてやれなくて、ゴメン。こんな姿にさせてゴメン。辛い思いさせてゴメン。…謝りきれねえや、ゴメン…」


謝罪をしているソングにメロディも号泣してきた。


「………」


しかし、メロディの声は出ていない。
何か叫んでいるように見えるが声は発されていなかった。
だけれどソングには聞こえたのだろうか、何度も何度も頷いていた。


「生物っちゅうんは死んだら生き返らないものなんや」


黙って二人の間を見ていたメンバーに、トーフがそっと語りかける。


「それはどんな手段を使っても無理なんや。絶対に生物は甦らない…」


目を伏せて。


「ソングがどんな手段を使ったんかわからん。せやけど、結果は案の定や。あんなん人間じゃあらへん。半分腐っとる……」


トーフは奥歯を噛み締めた。


「神とは酷い生物やな。あんな中途半端に生き返らせて、メロディさんもソングも可哀想やねん」

「…そうだね…」


クモマが応答する。
しかしそれをブチョウが覆した。


「でもいいじゃないの。逢えたんだから」


ブチョウの予想外の返事にその場にいるメンバーは目を丸くした。
メンバーの視線を浴びたブチョウは抱き締めあっているソング達を羨ましそうに眺めていた。


「実際に逢えて、そして話が出来ている。どんな姿でもそんなの関係ないじゃないの?私だったらきっと凡と同じように喜ぶわ」

「…」

「あんなふうに謝罪もできて、ホント羨ましい限りよ」


何か意味のありそうな言葉であったが、メンバーはどうも訊き出すことが出来なかった。
目線を外して、また二人に向ける。
二人は熱く抱き合っていた。


「………っ」


あの異臭の中、よく抱けるものだ。


「…ねえ」


そんな二人を見て、クモマが問い掛けた。


「どうにかならないかな…」

「それはどういう意味や?」


トーフが反応した。
クモマはより説明する。


「あのままではいくらなんでも可哀想じゃないかな?せめて元の体のメロディさんに…」

「何無茶な事いうとるんや」


まだ言っている途中だったのにも関わらずトーフは口を挟んだ。


「あんなの人間じゃあらへん。確かにあれはメロディさんや。せやけどあの姿で動いているメロディさんは、生きているときのメロディさんとは程遠い…」

「あんたも冷たいこと言うのね」

「全くだぜ!ソングのことを考えてやれよ!」


トーフの意見に、驚いたことにブチョウとサコツが反論してきた。
サコツはそのまま続ける。


「あれってよソングの彼女は生き返っているってことだろ?だとしたら可笑しいぜ?さっきトーフは『人間は甦らない』と言ってたのに、実際には甦ってるじゃねーか!」

「…」

「それだったらよ〜あれから元の姿に戻すことできるんじゃねーか?」

「……元に戻せるはずないやんか…」


サコツの訴えに、トーフは震えながら、睨みつけた。


「あれのどこに心臓がある言うんや?あれのどこに内臓、脳みそ、心がある言うんや?どう見てもあらへんやんか!第一どうやってメロディさんを復活させたのもわからへんのやで?何で生き返っているのかワイはサッパリやねん!!」


突然怒鳴り声を上げるトーフに、メンバーは絶句した。
トーフもどうしようもなく、ただただ叫び続けた。


「せやのに元の戻せやって?無茶なこと言うんやないわ!」

「…」

「落ち着いてよ。トーフ」


叫ぶトーフをクモマが止めた。
トーフを見てみると、肩で息をしているようだった。
はあはあ息切れを起こし、汗をびっしょりかいている。
そんなトーフに、クモマが言った。


「悔しいんだろう?あんな姿のメロディさんに、何もすることが出来ないのが」

「…」

「ゴメンね。変な質問なんかして」


クモマは目を伏せて、苦い表情を作る。
そんなクモマの表情を見てしまい、トーフも慌てて謝った。


「いや、こっちこそすまんわ。いきなり怒鳴ったりしてしもうて…」

「ううん。いいよ」

「でもよ〜やっぱり可哀想じゃねーか?」


謝りあう二人の間にサコツが割り込んできた。
どうもサコツはあの姿のメロディのことが気に食わないらしい。


「無理なことは無理なんや。諦めてくれや」

「…だってよ〜」


口を尖らすサコツのことは放って置いて、メンバーはソングを眺める。
ソングの抱いている彼女は小柄なため、然程背の高くないソングでも大きく見える。
その体はやはり震えっぱなしであった。


「……メロディ…」


泣き声で呟いているのが聞こえてくる。
ボロボロになったメロディを抱いて、泣くのを堪えているようだった。


「……泣けばいいのに」


思わずクモマは呟く。
せっかく逢えたのだから(あんな姿の彼女であるが)我慢をせずに涙の再会をすればいいものの。


「……くそ…」


ソングが言葉を吐き捨てた。
クモマの呟きには応答せず、ソングは自分と彼女の世界へ突っ走っていた。


「お前って…こんなに冷たい体してたのか…?メロディ…」


それはとても切ない言葉で。


「…きっと違うだろ?本当は温かかっただろ?…今まで抱いてやれなくてゴメン……まだ温かいうちに抱いてやれなくてゴメン…気づくの遅くてゴメン……」


再び謝りだすソング。
そんなソングの言葉にチョコはやはり泣いていた。
ソングは続ける。


「何でだ?…何で俺はお前に優しく出来なかったんだ?お前の言葉も聞かずにどうして俺はお前を追い出してしまったんだ?」


あのときのことを思い出し、後悔しだす。
その現場を見ていたトーフは、目線をずらして悔しさを噛み締めているように見える。


「…何て俺はバカだったんだ…。お前の気持ちにも気づかずお前をそのまま失ってしまった…」

「おい、ソング」


泪を堪えすぎて体が震えているソングに、サコツが声をかける。
ソングは言葉を止めるが、こちらも振り向かずに、ただただ彼女を抱きしめていた。
相当恋しいのだろう。

サコツは眉を寄せて訊ねた。


「お前は、そんな姿の彼女のままでいいのか?」


やはりサコツは諦めていないようだ。
どうしても彼女を元の姿にしてやりたいのだろう。

そんな優しいサコツの言葉に
ソングは彼女を抱きしめたまま、こう、返したのだった。



「どんな姿でも…メロディには変わりない……」


「「………っ!!!」」


一途なソングの気持ちに、メンバーは何も言えなかった。
チョコはおかげさまでまだ泪に埋もれていた。


「本当に、それでいいのかよ?」


サコツは諦めが悪い。
トーフが止めようとするが、その前にソングが応えていた。


「メロディだ。こいつは間違えなくメロディなんだ……だから、いい…」

「「……」」

「……だけど、メロディの体が…こんなにも細くて、そしてボロボロだなんて思ってもいなかった。…俺があんな願い言わなければメロディは安らかに寝ていたのかもしれないのに……やはり俺はバカだった…」


願い?

全員が表情を顰め、ソングを見やる。


「…メロディを醜い姿で復活させる…これが俺に与えられた罰か、笑えねぇな…。これで俺の精神でもボロボロにしようとでも思ったのか…あいつは?……っ……ホント、………笑えね……」


最後のほうはほぼ声になっていなかった。
もう限界を達したのだろう。
ソングは震えた体で彼女を抱きながら、一筋の泪を流していた。

メンバーには泪を流しているところは見えなかったが、声でわかった。
一筋の泪は、顎に向けて流れていく。
その間にソングは言葉を洩らす。


「やっぱり逢うんだったらちゃんとした体がよかったよな?メロディ…ゴメンな。俺の所為で、こんな体になってしまって…ゴメン、メロディ…」


ソングに抱かれているメロディも人間の体でないまま泣いていた。
小刻みに震えているのはソングからの振動なのか、自らのものなのか分からない。
異臭を発しながら、メロディも悔しそうに泣いていた。

そして、ソングの一筋の泪は、顎まで流れると、次は顔から離れ、下へ滴り落ちていく。
泪の雫は下へ。
メロディの白骨へ向けて、ゆっくりとゆっくりと零れ落ちて…



そこからパアっと光が放たれた。



泪が落とされた場所から光が放たれたメロディはそのまま光に包まれ、
ソングは思わずその場に腰を落とし、何が起こったのか分からずただ唖然と見つめていた。







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