― 空色 ―




「ソング〜!息抜きにさ、ちょっと買物に付き合ってよー!」


あれは今から3年ぐらい前のこと。

仕事が終わって今から休もうとしていた俺にメロディは身を乗り出してきた。
俺は、ダルイと一言で交わしてその場を去ろうとするのだが
メロディは、どうしても一緒に行きたいみたいだ。


「もう!そんなこと言わずにいいから付き合ってよ!」


頬を膨らませる勢いで俺を睨む。
だけれど俺はやはり冷たく返す。


「何でそんなとこまでお前と一緒に居なきゃいけねえんだよ」


このときの俺も、やはり言葉が不器用だった。
なぜかメロディ相手だと言葉が上手く伝えられない。
今も昔も俺は成長していない。


「ったく、ソングったら!いいや、無理矢理でも連れて行くから」


メロディはそう言うと、すぐさま俺の腕を掴んで、引っ張っていった。


「やめろって」


俺に触れるな。

恥ずかしいだろ。


「へへへ。バッカみたい。何顔赤くしてるのよ」

「…してねえだろ」

「してるって」

「お前の方が赤いぞ」

「………ウソ?」

「鏡でも見てみろよ」

「うわ…本当だ…こりゃ酷い赤面だね…」

「言うとおりに鏡を見るお前もマメだな」

「何よ。からかってるの?ソング」

「別に」

「…もう!」


楽しそうに会話をしながら、俺らは買物をするため村の中央へと出かけた。
村の中央付近に仕事場があるため、そこへ行くのは数分も掛からない。
まだ家が遠くにあるのなら、一緒についていってもいいのだが近所にある村の中央に何で俺もわざわざ行かなくてはいけないんだ?
ワケわからない。


言い争いながら歩いていると
やがて村の中央が見えてきた。ここで買物をするのだ。
一体何を買う気なのだろう。


「よっしゃ!買いまくるわよ〜!」


張り切るメロディ。


「何意味不明に張り切ってんだよ?!」


思わずツッコミを入れてしまう俺。


「だって、お腹空いてるんだもん。ソングもお腹空いたでしょ?」

「まぁな」

「何食べる?今日は豪勢に行くよ!」

「いつもそう言ってるよな」

「気のせい気のせい」


笑って誤魔化す。
メロディは何かあるとすぐ笑って事を済ませる。


「んで、何食べたい?」


俺の目をマジマジと見て、問う。
メロディの瞳に、俺の姿が映っているのが、見ていて分かる。


「…………野菜…」

「やっぱりねー」

「いいじゃねえか。野菜が好きなんだから」

「だからそんな細い体してるのよ!もっと筋肉とかつけたらどうなの?」

「うるせえなぁ。いいじゃねーか。俺の勝手だろ」


口々と文句を繰り出すメロディに、俺はいつも喧嘩腰で応答。
…野菜が好きで何が悪いんだ。


「んじゃ、メニューは野菜メドレーに決定だね」


夕飯は必ず俺の好きなメニュー。
別に俺が命令して作らせているわけではない。メロディが好んで作るのだ。
ってか、いつも野菜メドレーのような気がするが…。


「キュウリは必ず入れろよ」

「分かってるよ。ソングの大好物だもんね」

「キュウリは美味い」

「はいはい」

「わ、笑うなよ?!失礼だな!」

「だって、キュウリって…」


メロディの買物カゴに、キュウリが放り込まれた。
それを見て、俺は目の辺りを顰めた。


「待てよ。それだけで足りると思ってるのか?」

「まだ食べる気なの?!キュウリを」

「俺はキュウリだけでも生きていける」

「どういう人よあんた!」


爆笑するメロディ。
思わず俺も笑ってしまう。


「んじゃ、好きな分だけキュウリ入れてよ」

「分かった」

「ちょっとちょっと入れすぎ入れすぎ!!買い物カゴから溢れてるよ!キュウリが!!」

「ナスも入れていいか?」

「いいけど、その前にキュウリの大量発生の所為でナスがカゴに入らないって!」


一人騒ぐメロディを俺は楽しげに眺める。
メロディは虐め甲斐がある。
反応が面白いのでつい俺はからかってしまうのだ。
ま、逆に俺もからかわれるときもあるのだが…。

…と、そのときであった。


「よーよーよー。そこの姉ちゃんよ〜」


低音が耳に入っていた。
すぐ側から聞こえてきたそれは、メロディの隣りに居る大きな男から発されていた。


「キャーキャー騒いで可愛いなー」


男はヨダレを垂らす勢いでメロディを見つめている。

何だこいつ?


「……!」


対しメロディは絶句していた。
騒ぐのを止めて、黙って隣りの大男を見ていた。
そして、目が合ってしまったらしい。
大男は目を細め、ブサイクに笑ってみせる。


「おじさんと遊ばないか?お金やるぞ」


その言葉に、俺は、切れた。


「何言ってんだ。てめえ」


邪悪な声に、空気が震える。


「メロディから離れろ。汚れる」


俺の言葉に腹が立ったのだろう。
大男もメロディから目線を外し、俺を見ている。
それにしても本当に、ブッサイクな…。


「生意気なガキだな」

「こんな女に手を出そうとするお前の趣味もわからねえな」

「…ちょっとソング!」


次はメロディも腹を立てたらしい。
しかし、俺は無視して続けた。


「さっさと離れろよ。俺は今キュウリが食べたくてウジウジしているんだ」

「そんなに食べたかったの?!」

「お?おじさんに喧嘩売る気か?無謀なことだよ止めときな」


大男がそういった刹那。
俺は片手でメロディの目を覆い、
もう片方の手で買い物カゴからキュウリを取り出すと、それを大男の喉に目掛けて突き刺した。
大男の口から潰れたような声が漏れる。


「うるせえんだよ。離れろ言ってるのがわからねえのか?」


自分でも不気味なぐらいに、邪悪な声だ。
メロディは俺に目を覆われているため、何が起こっているか分からない様子。

大男が抵抗しようとする。
しかし俺は緩めない。躊躇なく喉を潰す勢いでキュウリを押す。
その度、大男から漏れる声が場を唸らせる。


「え?な、何?何しているの?ソング!」


周りの悲鳴を聞いたのだろう。メロディは俺の手を払って現場を見ようとするが
メロディにこんな現場を見せたくないため、俺はメロディの目を覆うのを止めなかった。

大男は、苦しそうに、苦しそうに、している。


「やめ………ろ……」


低かった大男の声は、今では全く違う声へと変わっていた。
喉を押されて声が変形してしまったのだろうか。裏返った声で苦しみもがく。

だけれど、そんなことでは俺の怒りはおさまらない。
更にキュウリを押すのだ。


「……や…」


ヒューヒューと口端から空気が漏れ、それと共に大男の苦しそうな声が出る。

やがて、男は、言葉を言い切った。



「………や…めない…と………お前ら…に……罪を……なすり付ける……ぞ……」



罪をなすり付ける?

大男の言っている意味がわからず、俺はキュウリを喉から突き放すのを止めなかった。
それに、大男は、怒ったのだろう。

予言どおり
俺らに罪をなすりつけたのだ。

メロディの買い物カゴの中に、何かを入れて。




暫くして、周りの村人に
これ以上キュウリを喉に突き刺されていると危険だ
と察知され、俺は敢え無く抑えられてしまい、大男を逃がしてしまった。

舌打ちを鳴らす俺に、メロディは訊ねた。


「一体何が起こったわけ?」


それにさすがに俺は何も言わなかった。
ただ、言ったとすれば


「キュウリは最高だ」


そう応えられて、メロディはまた笑い声をあげていた。


ふとメロディの買い物カゴを見ると
大量のキュウリの隙間から、
空色に輝く、光がチラリと見えた。










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