信じたくなかった。
魔物の一つ一つの言葉を。
なに?
殺した?
誰を?
メロディを?


もう、意味わかんね。
何でこんな事になったんだ?

俺はただ、
メロディに謝りたかったんだ。

それなのに、何だよ?この展開。

あんな元気いっぱい女が死ぬはずねぇじゃねーか。
ふざけている。

だけど…
本当に?


本当に…メロディを…?


これは、何かの間違いだろ?
そうだと信じたいのに
何か、嫌な予感がひしひしとする。


あんなそっくりにメロディに化ける魔物。
メロディに逢っていなければあそこまで似ることができないだろう。


だとしたら…



やはり……




もう、顔が強張りっぱなしだ。
嫌な汗が出まくる。


どうした?
どうして俺はこんなにも怯えているのだ?
あんな魔物の事なんか信用できるのか?


だけど……本当だとしたら…






さらにスピードをあげてソングは村中を走り回る。
村人が不思議そうにこちらを見るが、気にせず走る。
とにかくソングは、走り、探した。


メロディのいる場所。

だいたい予想は出来る…。



かんかんに照らし出す太陽の下。
ソングは自分の後を追いかけているトーフを無視し、ある場所へ向かって
真っ直ぐ走っていた。



    + + +



あまりにも速く走っていくためトーフはソングを見失ってしまった。
ただでさえこの村のことを知らないのに…困った。
トーフは笑いを見極める事や魔物の"殺気"を感じとることはできるのだが
人の"生気"を感じとることは、できない。
ましてやメロディが本当に死んでいたとしたら…"気"なんか感じ取る事さえ不可能だ。
…どうにかしてこの広い村から探し出さなくてはならない。

どこにおるんや?ソング…そしてメロディ



下唇を噛み、村中を睨む。
とにかく、捜し出さなくては。どこだ?どこにいる?
どこやねん!
目つきをさらに鋭くして、走る。
首を大きく回し、ソングを捜す。メロディを捜す。

知らぬ間に、村の中心付近にあった店から結構、離れていた。


やや西に傾いている太陽。もう昼なのか。
トーフは太陽の暑さとこの緊張で流れる大量の汗を拭いながらも走りをやめない。



予想をしてみる。
魔物は確か、こういっていた。

"魔物が会った人間を生かしておくはずなんかない"と。

そして魔物はメロディを殺したと言った。
メロディだけを殺したとしたら、メロディは1人でいたところを狙われた事になる。
1人でいたとしたら、まず人通りの多い村の中心にいることはまず有り得ない。

どこだ?人通りの少ない場所って。

人が少ないって事は付近に建物やらがない場所なのだろう。
自然だけの場所?山とか森とか。


…森………




そこでトーフは思考を止めた。
今、自分の目の前にあるものを見る。

木の密集地帯。森だ。

人通りが少ない場所、森。
…もしかしたら…。
少しの期待を胸に、トーフは速さを緩めず森の中に突っ走った。




森の中に入って、実感した。予想が的中した。
やはりだ。森というのは人通りの少ない場所。
走っても走っても目に入るのは緑。人影なんて見えない。
同じような形の木の大群を除けながらトーフは捜す。

もしかしたら…ここに…。

歯を食いしばって、気合を入れ、集中する。


人影を見つけたら…それはもしかしたらソングか、それともメロディか。


目を凝らして。人影を捜してみる。

すると
緑しか見えないこの場で
その中に1つの色が浮かび上がった。
銀。
銀髪の後頭部が、微かに見えた。

ソングだ。


安堵を浮かべた表情でトーフは駆け寄る。

ソングは見つけた。
あとは2人でメロディを捜そう。

迷子の子どもが母親を見つけたときのような感じで
トーフはソングの名前を呼びながら走り寄る。
しかし、ソングは反応しない。
ソングはじっとその場に立っていた。


不思議に思いながらトーフはソングに近づいた。
そして、トーフも走るのを、やめた。
目の前の光景に釘付けになった。


目を見開いて、見る。
目を1つの木に集中させる。
そこに映る1つの人影。そしてそれを塗り潰す不気味な赤。
木に寄りかかって、それは、いた。


腹を深く抉られた"それ"は、その場を全く違う世界へと変えていた。
真っ赤な世界。
ツンと血の匂いが漂う。
腹以外にも数箇所の切傷が見られた。
きっと魔物の鋭く尖った爪にやられたのだろう。
しかし、顔面は全く綺麗なままで。汚れ一つもなく。
顔だけ見れば、ただ寝ているように見えて。
そんな風に、メロディは、死んでいた。



「…………………っ!!」


あまりにも衝撃的な現場に言葉を失うトーフ。
ソングは全く動かない。
トーフはそんなソングの隣りまで歩み寄り、顔色を窺う。
そして、分かった。

ソングはじっと、メロディの無残な姿を見て、堪えていたのだ。
泪を流すのを。

下唇を深く口の中に入れ、眉間にしわを寄せ、目を大きく見開いて
じぃっと見つめていた。


「…ソング…」


何とか声を絞り出す。
しかし、隣りから反応は無い。


「まさか…ホンマに…」


トーフもここまで喋るのがやっとだ。
ショックだった。
まさか、本当にメロディが殺されているなんて…。

腹を抉られて、そこから有り得ないほどの量の血を流してメロディは目を瞑っている。
その目からは泪の形跡が見られた。


「………ここはな…」


突然、隣りから声が聞こえた。
ソングだ。
優しい声でソングは言葉を続けた。


「メロディの…お気に入りの場所なんだ」


いきなり何を言い出すのかと目を丸くしてソングを見る。
ソングは気にせず言葉を繋げる。


「あいつは店から泣いて飛び出すとき、よく…いや必ずこの場所にいるんだ。いつも俺が追いかけてこの場所に来てみると、いるんだよ。メロディが。笑顔で」


黙って、頷く。


「あいつ泣いてたんじゃないのかよって…ホントおかしいやつだよな。でも、あいつの笑顔を見ると、いつも癒されてた。やっぱり、メロディは…」


ここで1度言葉を詰まらせる。
やはりトーフは頷いて返す。

泣くのを堪えてソングはまた言葉を続けた。


「…可愛くない奴。…何でこんなところへ逃げたんだよ。こんな人通りの少ない場所なんて、逆に危険なのにな」

「…」



ソングは震えている手を額に当て、前髪に指を埋まらせる。
前髪をくしゃくしゃに握る。
こうやって悔しさを恋しさを堪えているのかもしれない。


「…何やってたんだ。俺は…何故メロディを追い払ってしまったんだ。何故俺はすぐに追いかけてやらなかったんだ…」

「ソング…」

「おい、これって俺がラフメーカーだったから…、俺のせいで、メロディがこんな目に遭ってしまったんだよな?…」


もう消えてしまいそうな声で、ソングはその場に腰を落とした。


「俺の所為だ。俺がメロディを殺したと言ったようなもんだ。なんだよ、これ。あいつ全く関係ねぇのに何でだよ?何でメロディが殺されなきゃいけなかったんだよ」

「すまん」



狂ったカセットテープのように言葉を出し続けるソングにトーフが頭を下げた。


「ワイの所為やねん。ワイがラフメーカー探しをてきぱきとしておればえかったのに…」


「お前の所為じゃねぇよ」



首を振ってソングが否定した。



「あいつは俺に助けを求めたのに、俺は助けてやれなかったんだ。俺の所為だ。俺の…」


もう喋るのも辛そうだ。声が弱弱しい。



「俺は、メロディの気持ちを聞いてやれなかった」



トーフも聞くのが辛い。



「お互い、気持ちを伝えずに、終わってしまった…」


「ソング…」



名前を呼び、じっとソングを見る。
ソングは体が震えていた。
小刻みに揺れる体が地面を通じてトーフにも伝わる。

それを見て。



「泣いてもいいんやで?」



それにソングはまた首を振った。



「泣かない」


ソングの目線は、汚れ一つもない綺麗なメロディの顔で。



「メロディが見ている」

「……」

「あっち行ってくれ。二人きりにさせてくれ」



体の震えを誤魔化すためにソングは動いてメロディの元へと歩む。
ソングは赤い世界へと入っていく。
その中にいるメロディの側まで寄って。

トーフも言うとおりに踵を返した。
目線はソングと全く逆の方であったが
トーフは、余計な話やと思うんやけど、と言葉を持ち出した。


「ラフメーカーの事、考えてくれへんか?もうそんなヒマないと思うんうやけど…。せやけど世界の命が掛かってるんや。もしよければ…明日に村の門前に来てくれや」


ソングは反応しない。
じっとメロディの側に立って、メロディを見ていた。

様子を見て、やはりか。と残念そうに呟くとトーフはそのまま二人から離れていった。


トーフも、メロディの死にはショックが大きかった。
昨夜と今朝しか逢っていないのだが、その間にメロディには大変お世話になったのだ。
あんなに可愛くて優しかったメロディが。
今は、あんな無残な姿。

もう、こっちも泣きたいぐらいだ。
だけど泣いたらいけない。
ソングが堪えているのだ。自分も堪えなくては。


トーフはどうしてもメロディとソングをくっつけてあげたかった。
お互い気持ちは同じなのに。
すれ違ってしまった。切ない想い。
この想いは、もう伝える事はできないのだ。
このことがとても心残りだ。


何度か二人の様子を見ようかと後ろを振り向こうとしたが
やめておいた。


ここは、ソングの邪魔をしたら、いけない。



二人には本当に申し訳ないことをした。
本当に……申し訳ない。

何してるんやねん。ワイは。
ワイは人を救うためのラフメーカーじゃなかったんか?
それなのに人を殺してしまったではないか。
しかもソングの大切な人を…。


あぁ、これでは、ラフメーカーはそろわないだろうな…。



自分の行動に深く反省、後悔をしている間に
トーフは森から抜け出していた。


軽く上に目線を向けると、そこには顔を少々赤くした太陽が世界をも赤くしつつあった。

















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