店の中から音が聞こえた。
誰か中にいるのだろうかと、店の窓から目を凝らして見る。
後姿であったが、そこからは人影が見えた。


「誰や?」


疑問を口にする。
それに篭った声でソングが応えた。


「…メロディだ」


やはり、メロディだったらしい。
窓からだとあまり様子が見えないが、店の中の片付けをしているように見える。

トーフはどうしても彼女にお礼を言いたいために
店のドアノブに手を伸ばした。


「お前はまだメロディに用があるのか」


タオルを洗濯しながらソングがトーフを睨む。
しかし、トーフは無視してドアノブを回した。

キィと音を立ててドアがゆっくりと開かれる。


「勝手にしろ」


無言のトーフにソングは腹を立てると、仕事に集中した。
トーフは遠慮なく店のドアを潜り抜けた。





どうもソングと話しをしたくなかった。

先ほどからメロディのことで態度を悪くしたりへこんだり。
何とも扱いにくい…。

…なんちゅうか、
あれは絶対メロディにベタ惚れしているで…。

ソングはメロディの話になると自分を見失っているのだ。
自分の態度をコントロールできていない。





考え事をしながらトーフは店の中に入る。
そこは、トーフにとってはじめて見る世界だった。

壁に数枚の大きな鏡が埋め込まれていて
その手前に同じ数だけの椅子。
部屋中にはパーマ液などの独特な匂いがほのかに香り。
音楽も掛かっていた。
クラシックっぽい、柔らかいリズム。
心をリラックスさせるような感じ。


ここが美容院か…。


興奮気味で美容院のあちこちに視線を変え
その状態で目的のメロディの元へ歩み寄る。
メロディは店の片付けに集中しているためトーフに気づいていない様だ。
メロディの真後ろまで歩み寄ると、トーフは辺りを見渡すのを止めメロディの背中に目線を向けた。


「やっほ。メロディさん」


声をかける。
突然の声に驚いたのか、メロディは手入れをしていたハサミを落とし、恐怖の顔で後ろを振り返った。
そこには満面な笑みのトーフが…。


「…な〜んだ。トラちゃんか」


相手がトーフだとわかると
安堵を浮かべた表情でメロディが汗を拭った。
相当驚いたらしい。

驚かして悪いと笑いながら謝り、トーフは本題に移した。


「昨晩はお世話になったわ。おかげさまで心地よく眠れたで」


トーフの笑顔にメロディも笑顔で返した。


「それはよかったね」

「あぁ。朝食のパンも冷えていても十分美味かったで。ホンマに」

「本当?ありがとう」


褒められたせいか、非常にいい笑顔のままメロディは言葉を続けた。


「あのパン私が焼いたんだ」

「あんたが?すごいわー。料理できるんやな」

「うん。一応女だし。ある程度の家事はできるよ。昨日の料理も私が作ったんだよ」

「あぁ。だろうなー。昨日の夕飯も美味かったわ。ありゃ夫も喜ぶで」


狙ったようにトーフは意地悪く言う。
それに、メロディはやはり顔を赤くした。


「夫じゃないってば。も〜」


見ていて分かる。
否定しつつも、めっちゃ嬉しそうな表情している。
ソングと違いメロディは顔に気持ちが出やすいタイプだ。


「だけどね」


この後メロディは驚きの言葉を吐いた。


「私とソングね、許婚なの」

「…ええ?!」


許婚…結婚の約束をした相手。
   まだ幼少のうちに、双方の親の合意で結婚の約束をした子女の間柄をいう。


「フィアンセなんか?!」


驚いた拍子に声の大きさも抑えきれない。
暴れるトーフにメロディまで慌てた。


「も〜!そんな驚かないでよ〜」


メロディの赤面は止まらない。


「でも、これで納得いったわ。二人が同居しとるのが」


対し、メロディも叫びを入れようとしたが
先にトーフは口を開き、続けた。


「しっかし、許婚ならお互いに気持ちを言い合ってもえぇと思うんやけどな〜」

「え?」


目を丸くするメロディにトーフは外で洗濯をしているソングに目線を送った。


「彼に言ったんや。お互いの気持ちを言い合えって。せやけど怒られたわ」

「…あ、そうなの…」


メロディは俯いた。
少し残念そうな表情に見えた。

そんな様子のメロディにトーフは、勇気を出して、訊ねてみた。


「メロディさんは、ソングのこと、どう思っているんや?」


それに、メロディは即答で応えた。


「好きだよ」


意外な速さの応答のため、トーフは心の準備をしていなかった。
おかげでこちらも赤面してしまった。

彼と違って、メロディは素直だ。


「ずっと前から好きなのに…。ソングったら鈍いから全く気づかないの」


頬を膨らませて



「待っているのに…」


トーフは一途なメロディに心打たれた。
こんなに純粋な子をどうしてソングは優しくしてあげれないのだろう。


「彼の気持ち聞けるの待っているんか?」


トーフの問いに、メロディは泪を浮かべて頷く。


「…ずっと…待っている」

「そか…自分から気持ちを打ち明けようとはしないんか?」


優しい声のトーフにメロディはさらに小声で。


「恥ずかしいよ。そんなの…」

「いや、恥ずかしいとかの問題か?あんたらの間が関係しとるんやで?」

「…うん、そうなんだけど…」

「ま、第三者のワイがいうセリフじゃないんやけどな」


メロディの目をじっと見て、言葉を送った。


「お互い気持ちを言わんと、きっとこの先後悔するで」



きっと、後悔する。
トーフには分かっていた。

残りのラフメーカーが誰なのかということを。

だから、今のうちにいわないと
絶対に後悔する。



「…そうだよね」


メロディが反応した。
潤んだ目で外に目線を送って。


「分かった。私の気持ち…ソングに言ってみる」


ソングと違い、素直に反応したメロディを見て
やはりメロディは可愛い子だと改めて思う。

涙ぐんでいた目からはいつの間にか泪が溢れ出していた。


「怖いな…」


そう呟いているのが聞こえた、次の瞬間。
店のドアが微かに開いた音がした。
そちらの方を振り向いて見る。

そこには、ソングがいた。
そして


「全部洗って外に干しといたぞ」


そっけなく言葉を吐いた。
メロディはソングの存在に気づくと急いで流れた泪を拭き取った。


「…うん、ありがと…」

「は?泣いてた?」


ソングが不機嫌そうにそう訊ねる。
メロディが首を振って否定した。


「泣いていないよ」

「いや、目が潤んでるぞ」

「気のせいだよ」

「んなはずあるか」

「…気のせいだってば、も〜」


二人の言い争いをトーフはただ黙って眺めていた。
邪魔したらいけない。そう思いつつ

少し、申し訳なく思った。

まさか…ラフメーカーが…。


「中の片付けは全部終わったのか?」

「あとちょっとだよ」

「そっか」


頷くとソングはメロディの元まで歩み寄っていった。
それに驚いてメロディは一歩身を引く。


「な、何よ?」


さきほどトーフとあんな話をしたばかりだ。
ソングの姿を見ると、何か緊張する。
ソングは身を引くメロディを気にせず
確実にメロディの目の前までくると、そのまま手を伸ばした。


「え?な、何?!」


メロディの心臓が大きくなる。
その手は真っ直ぐメロディに向けて伸ばされる。

何をする気?!

もう赤面だ。
ソングはメロディの叫びを無視して手を伸ばすと
メロディの手に持たれている手入れ中のハサミを一つ手に取った。


あ、なんだ…。


一つ溜息を吐くメロディ。

一体、何をされるのかと思った…。
そう思ったと同時に、少し、残念な気持ちも残った。


「何、顔赤くしてんだよ?…残りの片付けは俺がする」


そして、ソングは手にとったハサミの刃を
自分の裾で丁寧に拭いた。


「え?いいよ。私がするってば」


赤面のままメロディがソングからハサミを奪う。
しかし、ソングもメロディからハサミを奪った。


「俺がするって」

「いや、元々私の仕事だし」

「お前は休んでろ」

「せっかくなら二人で休みたい」

「お前は今日の買物でも行っとけ」


遠まわしにメロディがソングと二人きりになりたいと言ったのが、見ているトーフからも分かった。
言われた本人は気づいていないようだが。


「え?ソングも一緒に行こうよ」


結構メロディ…積極的だ。
それなのにソングは全部否定で返す。


「遠慮しとく。俺だって行きたいところがあるんだ」

「行きたいところ?」


首を傾げてソングに訊ねる。
ソングはそれも否定した。


「俺の勝手だろ」


睨んで


「さっきからごちゃごちゃうるせぇぞ」


そして、言い切った。


「向こう行け」



一気に気分が冷めた。

メロディはまた目に泪を浮かべると
黙ってその場から走って去っていった。

ドアを潜り抜け、ドアを勢い良く閉める。
反動で部屋が少し揺れた。


メロディが泣きながら走っていったのを見て


「あんた何やねん?!!」


トーフが怒鳴り声を上げた。
ソングは無視してハサミの手入れをする。


「メロディさんあんたと一緒にいたい言うてたやんか!」

「お前には関係ない。お前も向こう行け」


冷たくあしらうソング。


「ワイはいかへんで。あんたに話したいことがあるんねん」

「は?何だよ」


キッとソングを睨んで、トーフは言葉を吐き捨てた。


「あんた、ラフメーカーって知っとるか」


言われ、ソングは疑問符を浮かべる。


「知らねぇよ」

「だろうな。今からちょっと話させてもらおうわ」


有無も聞かずにトーフは今の世界のことについてソングに話した。
話しを全て聞き終えてソングは


「それがどうしたっていうんだ?」


全く興味がなさそうだ。
態度の悪いソングに腹を立てたが、表に出さないようにした。


「ラフメーカーが世界を救えるカギなんやで」

「それで?」

「あんたがそのラフメーカーだと言ったらどないする?」


「………っ!」


驚くべき発言にソングは言葉を失った。

そう、トーフは
今回こそはラフメーカーが魔物に襲われる前に、と
早々と笑いを見極めていたのだ。

そしたら、何だ。
ソングがラフメーカーなのかい。
自分はてっきりメロディの方がラフメーカーだと思ったのに。

確かに、ソングはツッコミのセンスがあるのだが。


「急の話で悪い。せやけど、ワイはあんたに力を貸してほしいんや」

「……」


黙るソング。
トーフは遠慮なく言葉を続ける。


「ラフメーカーは全部で6人。実はこの村にラフメーカーが5人もおったんや」


ワイももちろんラフメーカーや。
ワイを入れて全部で6人。と付け加えた。


「それでどうしてほしいんだ」


声を抑えてソングが訊く。
頷いてトーフが応えた。


「ワイと他のラフメーカーの皆と一緒に旅に出てほしいんや」


聞いて、表情を顰めた。


「行かねぇよ」


ソングは拒否した。


「俺はここにいるだけで十分」

「まてや。是非来てほしいんや。世界の命が掛かっているんやで」

「口出しするな。俺の問題だ」

「あんた自分勝手すぎるわ。彼女の言葉もそうやって聞かなかったな」

「…っ」

「せっかく彼女はあんたに気持ちを打ち明けようとしてたんやで?それなのにあんたはあんなに冷たくあしらって…」


ソングを睨む。
金色の大きい猫目が不気味に輝く。
睨まれてソングは


「…メロディが…俺に…気持ちを打ち明ける?」


ゆっくりと、聞きなおした。
それにトーフはコクっと頷く。
小声でソングが否定した。


「冗談はよせ」

「冗談じゃあらへん。彼女はさっき誓ってたんや。あんたに自分の気持ち言うってな」

「本当か?」

「あぁ」


トーフの返事を聞き、ソングは汗をかいた。


「…」

「それなのにあんたは、彼女を追い出したな」

「……」


言葉を失った。


「あのままでいいんか?」


トーフが問いに
眉を寄せてソングが言葉を捨てた。


「ふざけんな…」


外を睨んで舌打ちを打つ。


「あいつ何処行った…」

「はよ追いかけてやれ。きっとあんたを待っとるで」

「言われなくても分かってる」

「さよか」


話している時間ももったいない。
ソングは手入れしていたハサミをテーブルの上に置くと、
走って彼女の後を追いかけていった。









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