玄関から2番目に見える左側の部屋のドアを開けると
何ともシックな世界が広がっていた。
綺麗に整頓された本棚。
壁やカーテンは柔い青一色で、見るだけで涼しくなるような、そんな部屋。

その部屋の奥にあるテーブルの上には大量のハサミ。
そして、それを手入れしている銀髪の男。


銀髪の男と目が合うと、その場は一気に叫び声が鳴り響いていた。



1-5.ソング



その叫び声を聞いて、乙女が駆けつけた。


「しまった!自分の部屋は右側って言うの忘れていた!!」


乙女は後悔しながら左側の彼の部屋へと向かう。
部屋に近づくと、異常に騒がしかった。


「ちょっと!ソング!」


左側の部屋のドアを開ける。
そこからはすぐにトーフが飛び出してきた。

何故か顔には切傷が…。


「何やねん!あいつ!」


駆けつけてきた乙女にトーフは叫ぶ。
トーフの顔の切り傷を見て、乙女は怒りを込み上げた。


「ちょっと!ソング!何してるのよ!!」


すると、両手にハサミを大量に持ったソングと呼ばれた男がすぐに応答した。


「それはこっちのセリフだ!なんだ!あの猫!」

「ワイは猫じゃあらへん!」

「初対面の人にあんたハサミ投げるなんてどういう神経してるのよ!!」

「勝手に部屋に入ってきたのが悪いんだろ!!」


乙女と彼の口喧嘩がうるさく家中に響いた。
これで乙女の両親も駆けつけてくるかと思ったが意外なことに全く反応もしていないようだ。

もしかすると、二人の口喧嘩は毎日のように行われているのかもしれない。


ソングと呼ばれた左頬に2本の青色の傷模様がある男はトーフを睨んでいた。
彼の大きい目が非常に怖さを引き立てる。
トーフは目を合わせるのが怖かったのでソングから目を外し乙女の方を見た。
乙女は真剣な表情をしていた。


「今日一晩この子は私の部屋で泊まるからね」


それにさすがに反応した。


「泊まっていくのか?!待てよ、なに余所者部屋に入れる気なんだ?俺だってお前の部屋入ったことねぇのに」

「誰が入れさせるか!!!」


赤面して乙女は声を抑えた。


「この子、旅をしていていつも野宿していたんだって。可哀想じゃない…だからうちに今晩だけでも置いてあげようと」

「メロディ…」


舌打ちを鳴らし、ソングはそっぽを向いた。


「勝手にしろ」


そして、ソングはまたハサミの手入れをし始めた。
ついでに先ほどの発言より
乙女の名前は、メロディらしい。

メロディも口を尖らせて無言で部屋から出、ドアを閉めた。

場が悪くなった。
トーフも何て口を聞けばいいのか迷っていた。


「いつもソングってあんな感じなんだよ」


メロディは先ほどの表情のまま。


「あれが例の彼か?」

「…うん。初対面の人に乱暴なんだから…」

「あれはワイが悪いんや。勝手に部屋に入ってしもうたんやから」


その通りである。
誰だって自分の部屋に勝手に入られたら困る。
しかも、知らない人なんかが入ってきたら
態度を悪くするだろう。

だからって
ハサミを投げなくても良いじゃないか?



「いや、私がちゃんと部屋の場所教えなかったのが悪いよ…。本当にゴメンね」


謝り、メロディは目の前の自分の部屋のドアをあけた。
さすがに先ほどまで誰もいなかった部屋。
明かりがついていなく、真っ暗だ。


「ここが私の部屋。どうぞ遠慮なく入って」

「おおきに。お邪魔するわ」


メロディに招待されて、トーフは部屋に入った。
メロディも早々と暗いこの部屋に入って、電気のスイッチを入れる。
すると、天井にあった電球が明かりを灯し
光はすぐに部屋全体に広がった。

明かりが点いて、ようやく部屋を見渡せた。

さすが女の子の部屋だ。
可愛らしいぬいぐるみが部屋にびっしり。
壁やカーテンはパステル調のピンク一色で、雰囲気を明るくさせている。
向かいの彼の部屋とは全く違う感じの部屋であった。


「ゆっくりしていってね」

「ホンマおおきに」

「あ、その顔の切傷…ちょっと待っててね」


トーフの顔の傷を見ると、メロディは棚の引き出しを引き、絆創膏を取り出した。


「あ、えぇよ。痛くあらへんし」

「いや、ダメだよ。傷口から黴菌が入ったら大変でしょ〜」


強引にトーフの顔の傷に絆創膏を貼る。
絆創膏なんて初めて付けた…。
ちょっと変な感じがする。

だけど、メロディの優しさにトーフは感動した。


「おおきにな」

「うん。あ、そうだった。夕飯の残りで悪いけど、持ってくるよ」

「マジで?!あんたえぇ人やな〜」

「ははは。じゃ、ちょっと待っててね」


そういうと、メロディは早々と部屋から出て、キッチンへと向かっていった。
部屋にトーフが1人(1匹)。


…さすがに女の子の部屋。
目線のやり場に困る。

あちこちに目線を変えていく。
可愛い形の置物や、グラス品。
見る限り、本当に普通の女の子の部屋。


ホンマ、ワイがここにおってもえぇんやろか…?
…まず、ワイはどこに寝ればえぇんや?

ベットに目を向ける。
ベットも一人用で二人寝るのにはちょっと無理かも…

いや、でもワイの体やったら……って、何考えてるんや。ワイは…。

自分の考えに反省する。
だけど、ベット以外に寝る場所ってあるのだろうか?
ベットを眺める。
そのとき、ひとつの場所に目を集中させた。

ベットの上に不自然に置かれている子機電話。

あんなところに置いてあるのだから、きっとしょっちゅう使っているのだろう。

じっと電話に目線を向ける。
そのときだった。



トゥルルルルルル



見ていた電話が甲高い音を立てて鳴り始めたのだ。


わ、どないしよう…っ。

電話が…っ


急な電話にあたふたするトーフ。

どうするか。どうするか…。
そして、考えた結果。


「もしもし〜」


電話に出てしまった。


『………誰だよ』


しかも、相手にも自分がメロディでないことに気付いている様子。
意外にバレるものなんだな…。


「な、何やねん!あんた。夜中にレディに電話やなんて!!」

『いや…そのレディの部屋の電話を勝手に取る方も問題だろ』

「それはそうやな」

『ってか、お前、アレか。さっき俺の部屋に入ってきた猫か?』


さっき俺の部屋に入った…?
まさか、電話の相手は…先ほど自分にハサミを投げつけてきたソングっていう男か。
って、部屋が向居なのに、わざわざ電話ってするものなのか?
…あ、お互い部屋に入らないようにしているって言ってたな。
電話で連絡を取り合っているのだろう。


『おい、お前に用はねぇんだよ。メロディは?』


やはり奴はメロディに用があるらしい。


「おらんで。今ちょいとワイの飯持ってきてくれてるところやからな」

『はあ?何だよそれ。お前飯まで貰う気かよ?何様のつもりだよ』

「トーフ様のつもりや」


……


『アホか?!誰もてめ〜の名前聞いてねぇよ!』


怒鳴られ、突っ込まれた。

そのとき、何か美味しそうな匂いが漂ってきた。
メロディが夕飯の残りを持ってきてくれたのだ。


「はい。トラちゃん。夕飯持ってきたよ〜」


そして、部屋の中央のテーブルに料理を置く。
今晩の夕飯は野菜メドレーだったらしい。


「ごめんね〜。彼が野菜好きだから毎日のように野菜料理なんだ」


夕飯のメニューについて謝りながらメロディはトーフに目線を向ける。
そこで、トーフが電話をしていることに気付いた。


「あ、すまん。これ…彼からの電話やで」


意地悪っぽく電話をメロディに渡すトーフ。
それに、頬を赤くして受け取るメロディ。

…いや、なんていうか。分かりやすいタイプやな。メロディさん…。


「ゴメンね。私の代わりに電話出させちゃって」


いや。こっちが勝手に取ったんだけど…。


「トラちゃんご飯食べていていいからね」


微笑み、メロディは電話に集中した。

トーフは電話をしているメロディの様子をチラチラ見ながら
瞬で飯を平らげた。


「も〜、謝るんだったら電話じゃなくて直接言えばいいのに〜」

「うん。ま、確かに部屋に入ってもらっちゃ困るけどね」

「でもソングの気持ち聞けてよかったよ。ありがとね」

「え?明日のプラン?誰かお客さん予約していたかな?……あ、そうだったね。んじゃ明日も8時に開店準備しなくちゃね…うわぁダルイね」


いつまでも笑顔を絶やさないで電話の相手と会話をしているメロディを見て。
トーフは何か恥ずかしくなって、目線を逸らした。


…ありゃ、普通のカップルやで…。


目線のやり場に困ったトーフは
空っぽの料理の皿を見、もう先に何も刺さっていないフォークを口に入れ、明日の計画でも立て始めた。


明日はあと1人のラフメーカーを探すとするか。








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