「どうした?」


突然の叫び声を聞き、鉄のドアから身を乗り出して、サコツがトーフに尋ねた。
トーフの目の前には、見慣れない物体。
獣みたいだけど、何か、違う。
今まで見たことのないその物体にサコツは普通に首をかしげた。


「何だ?それ」

「あんたは向こう行っとき!」


トーフがサコツの言葉を掻き消す。
トーフの目線はずっと上。
自分の目の前にいるその物体と睨めっこをしていた。
裾に逆側の手を突っ込み、糸を取り出す態勢をしながら。


「魔物や!魔物!せやから向こう行け!」

「魔物?!この村にも出るようになったのかよ?!」


この様子からして、サコツは世界にいる魔物のことを知っているらしい。
やはり他所の者だから知っているのだろう。

この村の住民だけが魔物の存在を知らないのだから。


「ちょっとワイがこん村に来てしまったのが原因みたいなんや。魔物はワイの後をついて"ラフメーカー"の命を狙ってるんや!」


それで思った。

何で ここに 魔物が 現れたんだ?



………。

目を細めて、神経を集中させる。
笑いを見極めているのだ。



「……あかん。また魔物に先越されたんか…」


ボソっと呟く。


「ラフメーカー失格やんか。自分…」

「何ブツブツ言ってんだよ。お前…」


トーフの呟きに、問い掛けるサコツ。
反応せずトーフは呟き続ける。


「ラフメーカーがこんなに間近におったのにも関わらず……気緩めてたわ…」

『俺のほうが先に気づいたようだな』


魔物が反応した。
今回の魔物は会話することができるらしい。
舌打ちを鳴らして、トーフが睨む。


「でも接触したのはワイの方が先やで」


いいわけかよ。


「せやから、あんたに渡さへんで」

『こいつ……ま、いいだろう。力ずくで奪ってやる!」


魔物が叫ぶと、トーフはその威力で吹き飛ばされた。
すごい"殺気"。
恐ろしいほどの"気"がこの場を巻き起こす。

トーフはその中でも何とかバランスをとって、態勢を整えた。
しかし、うまく立てない。


『ヴぉっくぇっくぇっくぇ、弱いな。子猫ちゃん』

「…っ!!」


弱いって言われたことと、子猫って言われたことと、ブサイクな笑い声に腹を立てたトーフであったが、睨むだけで精一杯だった。
奴の威力は凄まじい。
歯を食いしばって何とか立つだけはする。


『俺のほうが強い!さあ、諦めろ!!』

「ふっざけんな!あんたの好きにさせんわ!ボケっ!」

『口悪いな子猫ちゃん。ヴぉっくぇっくぇっくぇ!』

「せやからブサイクな笑い声出すな!アホンダラ!!」

『ブサイク?!失礼な奴だ!お前礼儀を知らねぇのかよ!!』

「あんたこそ礼儀って言うの知らへんからそんなブサイクな笑い声あげてるんやろ?」


トーフの反論に、魔物は態度をさらに悪くした。
そりゃあ、そうだろう…。あんなこと言われたらさすがに魔物もショックだろう。


『ぶっ殺してやるっ!!』


叫ぶと魔物は
自分の"気"の威力で吹き飛ばされて少々離れた場所に立ち堪えているトーフの目の前へと跳び、襲い掛かった。
何とか逃れようとするが、奴の威力は凄い。
避けずことが出来ずに、トーフは魔物の下敷きとなった。


「…しもうた…っ!!」

『ヴぉっくぇっくぇっくぇ!お前のその無いに等しい力では俺から逃れることはできない。つまり、もうこっちのペースだ!』


舌を出し、口の周りを大きく舐め回す。
舌についていた唾液が下にいるトーフへ滴る。


『俺の勝ちだ』


「……あかん……」


冷汗流してトーフが呟く。
もがいても魔物のほうが力が上。
逃れられない。


どうするか。

何か方法を見つけなくては…。



魔物から逃れる方法を…。




あかん。ワイの力が無いっというのが悪かったわ…。

体重の重い魔物から逃れようなんて、そう簡単にいかない。




殺られる…………っ。





「トーフ!!!」


名前を呼ばれる。
その後すぐに、軽い銃声が聞こえた。

気づくと、魔物は自分の上にいなかった。

すぐ側で舌打ちが聞こえた。
そこを見ると、それは魔物だった。
しかし、魔物はトーフから離れ、腰を抱えて歩いていた。


巨大しゃもじを構えたサコツの方へ。
そのしゃもじからはまだ赤い"気"が溜まっている。

あの瞬間に、魔物に"気"を撃ったらしい。



「サコツ!何してんや!向こう行け言ったやろ!」

「何言ってんだよ。お前が心配だからここにいたんだよ!」


しゃもじをクルっと180度に回して、柄の部分を魔物に向ける。


「今度はこっちのセリフだぜ。トーフ。そこから離れろ。ちょっと今から」


魔物に向けられているしゃもじの柄には見る見るうちに"気"が渦を巻いて溜まっていく。


「マシンガンぶっ放す」


すると、しゃもじの柄に溜まった"気"はパララララと音を立てて、散乱した。


「ぎゃあああああ!!!」


悲鳴をあげながらトーフは散乱される無数の"気"から逃れるために慌ててサコツのほうへ走った。

これは、確かにマシンガンだ…。


パララララと連なった音が牢屋内に響く。
音と共にできる穴が
壁や天井、床、そして、魔物をボロボロにしていく。


それを苦い表情でサコツは眺めていた。


「あんたスゴイで!!」


トーフは散弾する"気"に感心する。
しかし、サコツはやはり苦い表情。


「……あんま、こんなことしたくねぇんだけどな」

「え?」


サコツの呟きにトーフが目を丸くする。
サコツは汗を非常に掻いていた。


「………………殺すの……苦手なんだ……」

「へ?」


予想もしていなかった言葉にマヌケな声を出すトーフ。


「………すまねぇ。もう、これ以上…撃てねぇわ…」


すると、瞬にこの場が静まった。
サコツが気を緩めたからだ。
巨大しゃもじには赤い"気"は溜まっていない。
代わりにサコツの息が荒かった。

勇気を出しての行動だったらしい。


「……サコツ…っ」


小刻み震えているサコツに声をかけるトーフ。
意外なサコツの性格に普通に驚いていた。


『……いてててて。何しやがるんだ。こいつ…』


無数の穴をあけているのにも関わらず、魔物は平気にその場に立っていた。
しかし、痛そうだ。
息も誠に荒い。


『急に"気"を撃つって失礼なやつだぜぃ…』

「あんたがワイらを殺そうとしたんが悪いんや」


冷たくあしらうトーフ。
対し、唸って喀血する魔物。
胸辺りもボロボロに撃たれているため、肺辺りに傷を負ったらしい。

それを見て、サコツがまた苦い表情を作った。


『くっそ!ラフメーカーめ!酷いことしやがるぜ』


口からは血を吐く。


『魔物みたいに耳が尖っているくせに』


それを聞き、トーフはサコツの容姿に目をやった。

…確かに、サコツは他の住民と違って耳が以上に尖っている。
普通の人間ではなさそうだ。


苦い表情を無理矢理笑顔にし、サコツが答えた。


「あぁ。俺は妖精さんだからな」



場が凍った。


「妖精やったんか!あんた!!そんな風に全く見えへんで!!」

『そんな顔の妖精がいるか!ボケ!!』


2名からひどいツッコミを浴びた。


「失礼なこというな、お前ら…俺は…妖精だよ。妖精」


ま、よくよく考えてみると
妖精にも種類があり、
善良なるもの、悪がしこいものと多様である。
……きっと、その様々な種類の中の妖精なのだろう。…きっと。


『くっそ!その妖精さんが俺にマシンガンをぶっ放すなんていい度胸してるじゃねーか』


血まみれの魔物が妖精さんを睨む。
妖精さんと呼ばれたサコツも下唇を噛んで、反論する。


「それは、お前がトーフを虐めていたからだろが」

『虐めている………』


そんな風に見られていたのか?


「サコツ、もうえぇわ!そっから離れろ!あんたも命を狙われてるんやで!」


サコツに叫ぶ。
しかし、サコツは一方に離れようとしない。


ニカっと笑って、トーフに言った。



「俺は、友達を見殺しにできねぇよ」



「……サコツ……」


友達と見られて、ときめくトーフ。

いい奴だ…。



「だけど」


不に変える接続詞をつけて、言い切った。



「俺は、これ以上戦いたくねぇから、あとは任せる!!」


そう言い切るとサコツは素早くトーフの後ろへと回った。



こいつ……っ!!!



「倒すなら倒せ!俺らを守るんだ!」


何か途中までカッコえかったのに、一気に気持ちが冴えたわ。このやろう


「…分かったわ。ってか、逃げるんやったら最初から前に突っ立ってるんじゃないで」

「おお、すまない」

『おいおい、いつまで友情ごっこしてるんだよ!………って、ごえはぁああ!!』


叫んでいる最中、イキナリ血を吐き出し、魔物は豪快に倒れこんだ。


「ええええ?!!」


イキナリの展開に絶叫する二人。
魔物はじたばたと暴れ、苦しそうにもがくと、
また体中から血を噴出させ、次は小爆発を起こし、そのまま姿を消した。

そして、急にこの場は静かになった。


しばし沈黙が起こった。

何だ?この展開…?

沈黙は先に破ったのはサコツだった。


「…魔物は?」


頭を傾げて答える。


「…倒した…と思う…」

「何だよ?この展開は?」

「たぶん」


頬を掻いて複雑な表情でトーフはあやふやに答えた。


「ボロボロになった体のまま叫んだり興奮してたりしてたから、途中で肉体が限界を超えたんやと…」

「ツッコミ死か…」

「嫌な死に方やな…」


二人で苦笑いのまま頷きあう。
と、その途中、サコツが恐怖の声を上げた。


「しまった!…殺してしまった……」


あの展開からすると、サコツが魔物を殺したことになる。
それに気づくと、頭を抱えて後悔しだした。

そんなサコツを見て、トーフが慰めに入った。


「落ち込むなって。あんたはワイを助けるために仕方なく殺したんや。罪はないで」


それで救われたことを思い出す。


「助けてくれて、ホンマおおきに!あんたのおかげで助かったで」


サコツに軽くお辞儀をした。
お礼を受けてサコツが非常にいい表情で微笑んだ。


「いや〜。照れるぜ」

「立ち直り早っ!!」


見事な立ち直りっぷりに驚くトーフ。
何て単純な性格なんだ…。


「あ、そうだった。聞きたいことがあったんだ」


そのままサコツが話を持ち出した。


「"ラフメーカー"って何だよ?」


言われ、トーフも目的を思い出す。


「そや。あんた!ちょっと訊ねたいことあるんねん」

「おいおい、俺の話聞けよ」

「まーまー。今から答えるから」


サコツを押さえて、トーフが言い切った。


「あんた、旅に興味あるか?」




「は?」


前回のチョコと同様、マヌケな応答で返された。
トーフは気にせず、ラフメーカーについて語った。


「なるほどな。世界の"ハナ"については知っていたけど、そんな力を持っている奴がいるとは知らなかったな」


頷き、納得するサコツ。


「んで、ラフメーカーは見つかったのか?」


問われ、トーフが微笑んで答えた。


「今のところ3人は見つけたわ。一昨日、昨日、そして今日でな」

「へ〜。この村に集まってるんだな」

「そうなんや。せやから頼む!」


突然、手を合わせて、頭を下げる。


「ワイと旅してほしいねん。あんたと旅をせんとあかんのや」


少し、間を置いて応答。


「つまり、この展開からすると、俺がラフメーカーってことか?」

「その通りや!」

「……そっか…」


目線を逸らし、サコツが続けた。
困った表情を作って。


「旅しないといけないのか…」


その表情を見て、トーフも困った。


「…ダメなんか…?」

「いや、ちょっとな…。やっとこの村に住み慣れたとこだったし…」



あと、戦いとか苦手で、
さっきみたいに途中で放棄してしまうし…。



「…そか。無理せんでもえぇんやで。ワイはあと3日でこの村出るつもりやから、その間までに考えててくれへんか?もし一緒に旅してもえぇって思うのなら、3日目に村の門前に来てくれや」

「分かった。考えとく」

「よろしくたのむわ。世界の命が掛かってるんや。でも危険な旅になるのは間違いないわ」

「…」

「…ラフメーカー、考えといてや」


そこまでいうと、トーフはゆっくりと前進し始めた。
マシンガンでボロボロになった牢屋の通路を歩く。


「トーフ!」


離れていくトーフに声をかけるサコツ。
トーフは振り向いて、彼の顔を見る。

表情は真剣だった。


「まだラフメーカーはこの村にいるんだろ。気をつけろよ」


声援を受けたトーフは、自然に笑みを溢した。


「おおきに。ほな。次をあたるわ」

「頑張れよ」



最後まで声援を受けて、トーフはそこから去っていった。

サコツは、トーフの影がなくなるのを確認すると、
厳しい表情を作って、自分がボロボロにした壁を見つめていた。






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