――― さあ、起きろ!もう朝だ!

「……ん…あと5分だけ…」

――― 何、少女漫画のおてんば娘的発言してんじゃボケ!もう仕事の時間だろ!

「…仕事……の時間……!!わ!!もうこんな時間?!何でもっと早く起こしてくれないのよ?!」

――― お前が起きる努力しねぇのが悪ぃんだよ!ボケ!!

「ボケボケ言わないでよ!も〜!鶏のクセに!!」



1-2.チョコ



ここは、村の南にある大牧場。
自然に溢れていて、鮮やかな色が場を作り出している。
空の青、
木々の緑、
雲の白、
陽の黄…。
それから牧場内で養われている様々な動物たち。
乳牛をはじめ、羊、豚、馬…
そして、カールのかかった髪を一つに束ねている30代前半の一人の女性。
その女性の表情はとても不機嫌そうで。

誰かを待っているのだろう。
右足でタンタンとリズムを刻んでいる。
左手の中に収まっている懐中時計に目をやる。
そしてまたリズムを合わせる。
秒のリズムをとっているようだ。

しかし、リズムをこのように合わせても、足のリズムはすぐに狂ってしまい、速くなってしまう。
苛立ちが女性のリズムを狂わせていた。

タンタンと速くなるリズム。

目は、時を見、正面を見の繰り返し。

タンタンタン…

リズムは徐々に速くなる。

タンタンタン

時計を見る。
かれこれ30分はこの様子。

タンタンタン

正面を見る。
そこで、足の動きが止まった。

女性の目線の先には、今まで、この場にない色が映っていた。


桜色


それは、徐々に大きくなりながらこちらへ近づいてくる。
桜色と共に見えるのは、眩しい笑顔。

これらを見て、女性が呟いた。


「やっと来たわね」


そして、大きく、息を吸い、それを一気に吐き出した。


「早く来なさいー!このボケー!!」


広い牧場内では、それは大きく響いた。


「オーナーまでボケって言うなんて…」


女性の叫びに再びショックを受ける桜色の髪の彼女。
オーナーと呼ばれた女性には彼女の言葉は聞こえないらしく
オーナーはもう一度先ほどの調子で叫んだ。


「もう30分の遅刻よー!!」

「言われなくても分かってるー」


彼女も負けずに叫ぶ。
対して、女性は怒鳴り声に近い声で。


「んじゃ、早く来い!!!」

「は〜い」

「速っ!!あんた足は相変わらず速いわね…」


素晴らしい速さでオーナーの前まで駆けてきた彼女は息を少し荒くしながら、笑顔で頷いた。
鼻の頭に茶色の傷模様のある桜色の髪の彼女は、その表情のまま続けた。


「足は自慢よ〜」


昔から馬と追いかけっこしたりしてたから、と付け加えた。

聞いて、女性が呆れ顔で。


「どこまでおてんばなのよ。あんたは…」

「あんたあんたって…名前を呼んでよ!私には"チョコ"っていう名前があるんだからさ」


そして口を尖らす彼女。
それに対し、オーナーは、


「はいはい」


と話を流した。


「え〜!ひどい〜!!」


チョコと名乗った彼女は、頬を膨らませ、怒りを表現する。
それを見て、オーナーは笑い声を上げた。


場が明るくなる。

チョコがこの場に居るといつもこうだ。
雰囲気が明るくなる。
チョコの性格が場も人も明るくさせる。


「ま、いいからあんたは牛の桃子の手入れでもしてて」


この明るい雰囲気で、オーナーが話を持ち出した。
事を頼まれ、チョコが元気良く返事を返す。


「桃子は可愛いから大好きだよー」

「うふふ。だろうね。あんたは桃子の手入れをしているとき、とても幸せそうな顔してるもの」

「うん。彼女は面白い話をしてくれるからね」

「………彼女?」

「うん。桃子のこと」

「…」


チョコの発言に、驚きを隠せないオーナー。
チョコは気にせず、ただ笑う一方。


牛のことを彼女という…?
普通ならば牛を人間と同じ扱いはしないはず。
だけど、チョコは牛を彼女と言った。

しかも、面白い話とは?
牛と会話しているんじゃあるまいし…。


と、苦笑するオーナー。


前から思っていた。
チョコは他の人とは違う不思議なところがあることを。
先ほどのような発言を多々してくるのだ。

羊の幸子の恋話は面白い、とか、牛のゴロ助は下ネタが多いから苦手だ。とか。
まるで動物と会話をしているかのような発言。

もしかしたら
動物は実は人の言葉を話せるのかもしれない。
そう思い、一度、豚のブーリンに

元気かい?ブーリン

と訊ねてみたが

……ブっ

と鼻を鳴らしバカにした目で返された。

やはり動物には人の言葉は通じないようだ。
それなのにチョコはどうだろう。

今だってそうだ。
チョコは足元にいる犬と何か会話をしている。
犬も"ワン"としか吠えていない。
しかしチョコは、人と会話をしているような感じ。

とても不思議な光景。
そして有り得ない光景。

オーナーは黙ってその光景を眺めていた。
しばらくして、犬と別れを告げたチョコは、笑顔で、

「それでは、仕事してくるね」

と、小走りで牛の桃子がいる牛小屋へと先ほどの速さで向かって行った。


元気な彼女がいなくなったその場に
口を半開きにしているオーナーがつくっている影と犬の影がポツン。
オーナーの影が犬に近づく。
二つの影は徐々に近づき、そして一つになる。

チョコと会話をしてたと思われる犬を目の前にオーナーが恐る恐る口を開いた。


「あんた、人の言葉、話せないよね?」


それに犬は反応せず、代わりに表情を非常に顰め鼻を鳴らし、その場から走って離れていった。

その場に切ない空気が過ぎる。


犬にバカにされた?!!


先ほどの犬の表情に、ショックを受けるオーナーであった。







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