「待て―!!泥棒猫―!!!」


平和なこの村に、怒鳴り声が響き渡る。
その後を、独特な口調の彼が叫び、場をつないだ。


「泥棒ちゃうやん!食い逃げや食い逃げ!!」

「同じだろ!ボケ!」

「ついでにワイは猫じゃあらへんって!!」

「猫だろ!ボケ!」

「そんなボケボケ言うな〜!!!」




そう。これは
村の中心の商店街での出来事。

一つの、少々古びたレトロな雰囲気の酒場に一人の来客が現れた。
その来客は今までの客とは姿が全く違い、
背が低く、いや、小さく、丸っこく
この世界の人々が生まれながら必ず持つ顔の模様は、頬の猫ひげ。
それから、猫のような大きな獣耳
トラ模様の尾もあり、
猫口に
パッチリと大きな金色の目に細い瞳
そのうちの右目には眼帯がついていた。

そんな来客。
とても普通の人とは思えなかった。
だけど猫ともいえなかった。
猫が人間になったような姿。そんな来客。

酒場に居た客も全員、来客に目を向けた。
来客は注目を浴びているにも関わらず、全く周りを意識していなく、
真っ直ぐとカウンターへと歩み寄っていった。


  いらっしゃい。お客さん。


マスターがグラスを拭きながら、キュキュっと。


  何にしますか?


キュッキュとマスターが鳴らす音を聞きながら、来客は豪快に椅子に座ってから
こういった。


  食い物。何でもえぇ。食えるもん。ぎょうさんちょーだい


そんな注文を受けたマスターは


  喜んで!


と微笑み、
注文に応えるように様々な種類の食べ物を来客の前に置いていった。


  おおきに。


カウンターに溢れるほど置いてあった食べ物だったが、来客は瞬時で食べ終えていた。
さすがにマスターも周りの客もそれには驚く。



  お会計は、"2万ほっさが"になります。


ほっさが…それはこの世界のお金の単位。
1ほっさがでは何も買えない。
せめて10ほっさがあればガムぐらいは買える。
…つまり、地球の日本という国の"円"というお金の単位と同じ。

会計を言われ、来客は頷く。


  2万ほっさがやな。


値段に納得して、懐に手を突っ込む、
と見せかけて来客は椅子から飛び降りていた。
そして、あっという間に、店から出ていっていた。


間。
その場が沈黙に包まれた。


やがて、場の状況を把握するとマスターと店の客は
同時に、同じことを叫ぶのであった。



「泥棒猫―――――!!」


「だから食い逃げ言うてるやないか!!」


そして現在に至る。


泥棒猫と叫ばれている彼は小さな体を利用して、隙間を見事に通って、逃げていた。
すばしっこい泥棒の後を必死に追いかけるマスター
ぜえぜえと息を切らしながら、叫んだ。


「何て逃げ足の速い猫なんだ!」


それに彼も同じく走りながら応えた。


「慣れたもんやで。あぁいう店に行く度こうやって走ってたからな」

「常習犯かよ?!!」

「ついでに、ワイはそれで」


走る速度が更に上がる。


「捕まったことはあらへんで」


彼は自慢げにそう告げると
また一段と得度を上げて、後を追いかけてくるマスターとの距離を徐々に広げていった。
もはや今彼に追いつく相手はいないであろう。
徐々に徐々に距離が広がっていき
マスターの叫び声さえも聞こえなくなるぐらいに距離が伸びていき

やがて



マスターの姿までも見えなくなった。




そう、彼は勝ったのである。


「ヤッタで…」


相手の姿が見えなくなった事を確認すると
ニヤリとあくどい表情で笑い、スピードを緩めた。


「今回もまた食い逃げしてしもうたな」


言い終わったときには、歩いていた。呼吸を整えるように大きく息を吐く。
さすがに料理を食べたあとに急に走ると気持ちが悪くなる。
しかし、たくさん食べることが出来た。ああ幸せやぁ。






ゆっくりと、歩いていく。
もう誰も彼を追いかけてこない。
安心して、この草原を歩く。

背の低い彼の膝の高さの草群は青々としていて…。

そういえば、今気付いた。
走るのに夢中で気付かなかったが、この場は広い広い大草原の中みたいだ。
知らないうちに草原の真ん中を歩いていた。
辺りは草一面。
障害物は何もない。
あるとしたら、空に浮かんでいる雲。
それ以外には、本当に何もない場所だった。

草原の緑と空の青。
その2色が綺麗にその場を作っていた。


「えぇ場所やんか」


ボソッと呟く。
それに応えるものは誰も…いない…

はずなのだが


「そうだよねー。ここは僕のお気に入りの場所なんだ」


手前から声が聞こえてきた。


「うわぇ?!」

「ゴメンね。驚かせちゃって」


するとその声が聞こえてきた場所からムクっと人の姿が現れた。
その場に寝転んでいたらしい。
起き上がった人物は、微笑んで、こちらに顔を向けている。

見覚えのある顔だった。

両目尻に赤い丸模様がある、この少年は、
村に入る前に肉をくれた、少年だった。


「あ、あんたは!」

「あ、キミは!」


二人同時に声を上げる。
気にせず二人はハーモニーを続ける。


「あのときの肉少年!」

「あのときの空腹猫!」


互いに変なネーミングがされていた。
しかし、事実なだけあって二人は呼ばれた名前を気にしていなかった。
そんな中、最初に口を開いたのは少年の方だった。


「この村に寄ってくれたんだね」


それを聞き、笑顔で返す猫の彼。


「あぁ。ええ村やんか。食い物美味しかったで」


食い逃げしてきたのだけれども


「それはよかった。気に入ってもらえてよかったよ」

「うんうん。もう今は腹いっぱいやで」


食い逃げしてきたのだけれども


「そっか、よかったね。そういえば僕はまだ何も食べてないな。もう昼食の時間か…」

「そやな。太陽も丁度真南にあるみたいやし、真昼間やで…あれ?そういえば…」


猫の彼は不審に思って、疑問符を続ける。


「あんた、仕事中とちゃうんか?」

「え?…えっと、まぁ…」


猫に言われ、少年は苦笑いをしてみせた。
それでもその表情で返事をした。


「今日はもう仕事休めって言われてね」

「そうなんかー。たまにはえぇんとちゃう?休みぐらいは」

「…毎日のように休め言われてるよ」


少年は苦笑いのまま、頭を掻いていた。


「…邪魔者扱いされてるんやないか?」


疑問に思って、少年の顔を覗き込んで問うた。
それに、少年は正直にうん。と応える。


「僕、不器用だから大工に向いていないみたい…」

「それなのに大工しとるんやな?」

「うん」


苦い表情だけれど、少年は笑って質問に答える。


「この村では、嫌でも職につかないといけないんだよ」

「…この村の決まりか?」

「うん。子供でも必ず家の職を継いで働かないといけないんだ。僕の家は代々大工だから、僕も自然に大工になったんだけど…」


性に合わなかったみたい。


「…そうなんか。大変やな。あんたも」

「あ、でも、でもね」


慌てた様子だけれど、それでも笑顔の少年。
とても綺麗な笑顔だった。
見ている方までも癒される笑顔。

…こんなにいい笑顔も久々に見た。



「ここはとってもいい村なんだよ。人々皆優しいしね。笑顔が売りの"エミの村"」


確かに、そのようだ。
村の中を歩いていてもわかった。
人々皆笑顔。笑う声、姿、心…
全てがとても微笑ましい
こちらも笑みになってしまう。

そんな村だった。

その村の住民である少年も、とても素敵な笑顔の持ち主だ。
笑みの村。成程、納得できる。


「ええ村や。ワイもそう思うで」

「やっぱり?よかった」


特にこの少年の笑顔は素晴らしい。
常に笑顔が眩しい。



「あぁ。ところで」


そういえば、と、話を突然変えた。


「名前、言うてなかったな」


聞いて、少年も同感した。
互いに名前を知らずに会話をしていた。
名前を教えよう。と先に猫姿の彼から挨拶をしだした。


「ワイの名前はトーフや。よろしゅうに」


そして、紅葉型の手を少年に向けた。
同じく少年も笑って


「僕はクモマ。こちらこそ宜しくね」


差し出されたトーフの小さな手をガッシリと右手で掴み、握手を交わした。









そして、

握手をして、分かった。
少年の…クモマの身に触れて分かった。

触れた瞬間
何かに包まれる、そんな感じがした。


温かい、オーラ。

癒しのオーラ。



握手をして、癒される。



そして、そのオーラから
何やら他の人々にはない、別なモノが含まれていた。



それは、"笑い"



人々が表に出す、笑いとは違う"笑い"

特別な力を持つ、その"笑い"
この村にはないのだが笑いを吸い取ってしまう厄介な"ハナ"の最も苦手とするもの


特別な"笑い"


人々、いや、生物全体を"笑い"に包むことができる。
そんなすごい力を持っている



この"笑い"は
トーフになら、何なのか分かる。


これは、自分が今まで捜し求めていた
自分と同じ力、特別な"笑い"を持っている者



あぁ、この少年…クモマが原因やったのか
"ハナ"が生えていない、その原因は





この少年が、


""ラフメーカー""だからだ




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