空を見る。
青く澄んだ大空。
そして、その中に白く浮かんでいる、僕の大好きな、雲。
それを見る時間が僕の幸せだ。
1-1.クモマ
「こら!何ポケっとしてんだ!」
怒鳴り声が空に響く。
ここはエミの村のとある一角の風景。
この家の周りには木ではなく木材が聳え立っている。
それはそのはず、ここは大工の家なのだから。
仕事の材料である木材が立ち並んでいる。
怒鳴り声を浴びた少年。
怒鳴られた理由が分かっていたようで、急いで目線を空から外して後ろを振り返る。
そこには、腰に手を当てた棟梁が立っていた。
棟梁といっても少年の叔父であるが。
そんな棟梁は呆れ顔をしていた。
「まーった空を見てたなあー」
「違うよ」
声までも力が入っていない棟梁、相当呆れているようだ。
しかし少年は反論で返した。
「僕は空じゃなくて雲を見てたんだ」
この呑気な言葉に、棟梁は漫画のように大胆に滑ってみせた。
「雲も空も同じだろ!!」
「ええー同じかなー?色が違うだろう?」
「目線の向く場所は同じだろ!仕事中に上を見るな!」
「…はーい」
あぁーちょうど雲を見ていたところを叔父さんに見つかるなんて…。
タイミングが悪いよ…。
少年は、赤い丸模様がある目尻をポリポリ掻きながら、とりあえず伯父の言葉に返事をして反省の色を見せた。
しかし、すぐに行動が止まる。文字通りポケーっとしているのだ。
光景を目の当たりにして、棟梁はすぐさま吼えた。
「こらこら!今、上の空になったぞ!真面目に働けよ!」
そして棟梁は額を縛っていた手ぬぐいを素早く取ると
ペシリと少年の頭を控えめに叩いた。
よって、少年が意識を戻した。
今この短時間で、自分が上の空になっていた事に気づいていなかったらしい。
自分がした行動なのに少年はおかしくて笑ってしまった。
「ごめんなさい、でもね真面目にしてるよ、叔父さん。ちゃんと、ほら、車も作ってるところだし」
「車?」
車を作っているだと?
車を作っていたなんて知らなかったので棟梁はその傑作を見たくて辺りを見渡した。
すると、ふと視線にあるものが映った。
大きな箱が一つ。
なぜかボコボコに穴が空いている
一言でいえば、”悲惨”な箱であった。
その箱は少年の後ろにある。そのほかには何もない。
まさかと思い棟梁は、その箱を指差しては少年に尋ねた。
「それが車か?」
「うん、車だよ」
即答で少年。
「カッコいいでしょー?」
「え、本気か!これが車?!どこが車なんだよ!」
「え?ほら、この車体らへんが」
「どこに車体があるんだ!箱じゃないか!」
「箱でも立派な車だよ!」
「やっぱり箱なんだ!」
少年は車という名の箱を創っていたようだ。
あれが車だなんて、と正直にショックを受ける棟梁。
そんな棟梁に見向きもせずに少年は車作りの作業を再開した。
左手に持っていた釘をその車という名の箱に当てると
右手のトンカチを勢い良く釘目掛けて振り落とす。
その場に星が飛び交った。
力が強すぎたのか
勢いで箱は一部を破損し、その欠片は四方八方に飛び散った。
「あれ?」
「おいおいおいおい」
棟梁は目が飛び出る勢いで見開き、叫んだ。
「壊れたぞ!」
「壊れてないよ」
「壊れてるだろ!」
ごもっとも。申し訳なく頭を掻く少年。
それを見て、棟梁は深くため息をついた。
「もういい、お前は今日は休め!いいな!!」
少し怒鳴り気味で言ってから棟梁は少年の右手のトンカチを無理矢理奪い取り、少年を箱から離した。
突然仕事を中断され、少年は納得できない。
「え?まだ完成してないよ」
「完成させてたまるか!」
そして、棟梁はもう一言、付け加えた。
嫌みではない。ただ単に、棟梁は悲しかったのだ。
「力があっても、器用でないからな、お前は…」
「そ、すみません」
「いや、いいよ。仕方ないことだ」
苦笑いの棟梁は、そのまま言葉を続けた。
「今日はゆっくりと休んでろ。いいな。クモマ」
「…はい」
クモマと呼ばれた少年は籠った声であったが、返事をした。
棟梁は小さなため息をしたものの、クモマが作業を諦めた事に安心したようで
自分の作業に戻るため、その場から去っていった。
「…」
その場に居るのは
クモマという少年と、
車というボロ箱
「…やっぱり、僕って大工に向いていないのかな…」
寂しそうに、自分の前にある箱に目を向ける。
一部を破損した箱はもう箱ともいえる状態ではなかった。
辺りを見渡す。
そこには自分が壊した箱の部分があちこちに小さな破片として散らばっていた。
その中の大きな破片が、
小さな花を潰して、いた。
「あ…」
花が潰れてる…
「かわいそうに…誰がしたんだよ、こんな酷いこと」
キミだよ、キミ。問答無用でキミだよ。
「大丈夫かな?まだ生きているよね」
クモマは、花の上に乗っかっていた破片を退かして、花の生死を確認するために姿を見た。
大きな破片が上にあったため、茎が折れて、花びらも千切れ
本当に、潰れていた。
けれども、生きている。呼吸を感じる。そう確信した。
「…うん。大丈夫だ」
クモマは花の生の確認すると
その花を包み込むように自分の両手を柔らかく広げた。
すると、両手から
優しい黄色の光が、ぽぅ。と現れた。
その光が当たるように、光った両手を花に近づける。
その場が暖かくなる。
やがて、
花は見る見るうちに元気を取り戻し
折れていた茎は何もなかったかのようにピンと背伸びをして
花びらが千切れたところも新しく生えてきた。
まさに花は元通りになった。
クモマの両手から光は、消えた。
「よし」
花がピンっと背を伸ばしているのを確認してから、目でお辞儀をした。
「ゴメンね。潰しちゃって」
花に謝る。
花は葉っぱを伸ばしてとても元気そう。
「よかった…」
花は問題なく元気な姿に戻っていた。
安堵の笑みを浮かべてからクモマは
ボロ箱を置いて、その場から離れていった。
僕の好きな、いつもの場所へ行こうかな。
クモマは
ゆっくりと目的の場所へ向かっていく。
少年が去ったその場には
ボロイ箱と
元気な花が仲良く並んでいた。
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